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家の前を通る車のエンジン音、子どもがはしゃぐ声、パタパタと軽い足音。ゆうに2分は沈黙してから、友里恵は無常に言い放った。
「悪いけれど、もう貸せないわ」
「え……っ」
「未鈴さん、夫が一昨年貸したお金も、返していないでしょう?」
知っていたのか。友里恵には話さないと言ってくれていたのに。未鈴は亡き兄の嘘に歯噛みした。
「でも、兄さんの遺産と保険金があるじゃない! 本来なら四分の一は私のものだったのよ?!」
子どものいない兄の遺産は、妹にも相続権がある。それを知ったときは不謹慎にも胸が踊ったが、残酷なぬか喜びだった。兄は、全財産を妻に譲ると書き遺していたのだ。
「こんないわくつきの家を安く買って、負債もないんでしょう? お金なら腐るほどあるじゃないの!」
子育ても介護も仕事もせず、一日中家にいる友里恵。兄はなぜわざわざ、こんな嫁のために遺言書を作成したのだろう。小さい頃から鈴乃をよく可愛がってくれたのに、姪にもいくらか遺してやろうと、どうして思ってくれなかったのか。
パキッ
声を荒げた未鈴に共鳴するように、プラスチック板が割れるような音が部屋に響いた。
「未鈴さんは、昔からお金の話ばかりね」
家鳴りにチラリと目線を上げてから、友里恵はため息をつき、二人分のカップにポットの紅茶を注いだ。
「夫も呆れているわ」
立ち上った湯気の向こうで、友里恵が眉をハの字にして目を細めている。馬鹿にされたような気がして、未鈴は兄嫁をにらんだ。
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