255人が本棚に入れています
本棚に追加
「いくちゃん、帰ろう」
「ハヤミさんにお礼を言うんじゃないの?」
「いいから、帰ろう」
くしゃっと歪んだ私の顔を見て、いくちゃんが何かを察したように黙った。
私は俯いて、楽し気にゆりさんとお話し中のハヤミさんの横を通って図書館を出た。
ハヤミさんは一年前に本屋で会っただけの私に気づかない。
ハヤミさんにとって私は台詞もない通行人Aのまま。
当たり前だよね。
私の存在なんて、そんなものだもの。
存在感のない私は透明人間みたいだってよく言われる。黒とか灰色の服ばかり着ているから電柱みたいなんだよっていくちゃんにも言われるけど、明るい色の服を着る勇気がない。
ゆりさんはエプロンの下に明るい黄色のカットソーを着ていた。あんな明るい色、とても私には無理だ。ゆりさんみたいに美人じゃないし、お洒落をしても全然目立たないし。
そんな私がハヤミさんのようなキラキライケメンに恋をするなんて贅沢にも程がある。身の程をわきまえなきゃ。
あー良かった。気がついて。
もう少しでハヤミさんに話しかけちゃう所だった。きっと私なんかに声をかけられたら迷惑だ。誰こいつ? って目で見られる。いつだってそうだったから。
もうハヤミさんの事は本当に忘れよう。
そう思ったのに、一週間後、また私は図書館に来てしまった。
せめて姿だけでも見たいという気持ちが強すぎて自分を抑えられなかった。
なんでこんなにハヤミさんに会いたくなるのだろう……。
ダメだ。やっぱり帰ろう。
図書館の前まで来て、来た道を戻る。
でも、会いたくなって、すぐに図書館の方に歩き出す。
そんな事を繰り返していると、こちらに向かってくるハヤミさんと遭遇する。
姿を見ただけで、鼓動が大きくなる。耳のすぐそばに心臓があるみたいにドキドキ鳴っている。
ハヤミさんは通行人Aの私の横を通り過ぎて図書館の中に入っていく。一目でも、ハヤミさんの姿を見られて幸せ。ハヤミさんの姿を見るだけで癒される。
遠くからハヤミさんを愛でるだけで幸せになれる事に気づいた瞬間だった。
直接関わる事はせず、これからはハヤミさんを見守ろうと決め、私はハヤミさんが通う図書館に毎週木曜日、通うようになった。
最初のコメントを投稿しよう!