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熱いものが目の奥まで込み上げてきて、ぐにゃっと視界が歪む。
「大丈夫ですか?」
俯いて、涙を人差し指で拭いていたら、後ろから、心配するような女性の声がした。
顔を上げると紺色のエプロンを付けた女性が歪んだ視界に見えた。泣いている所を見られて恥ずかしい。
「だ、大丈夫です」
涙ぐんだ声で言い返し、女子トイレに駆け込んだ。
鏡を見ると、顔中が涙でぐちゃぐちゃだった。
この顔を声をかけて来た女性に晒したと思ったら、恥ずかしくて悲鳴をあげそうになった。
こんな私じゃ、ハヤミさんに声を掛けられない。
そう思った時、ハッとした。
声を掛けるって、私、ハヤミさんに何を言うの?
一年前、本屋で盗撮犯に突き飛ばされた者ですと言って、ハヤミさんはわかるだろうか?
きっとわからない。
私なんてハヤミさんにとって通行人Aみたいなモブキャラだ。覚えている方がおかしい。
それに一年前の事を話して、こいつヤバイ奴かも? ってハヤミさんに引かれる可能性だってある。
改めて考えると、一年前に本屋で会っただけの人を図書館まで追いかけるなんて、私の行動は異常だ。
これってストーカー?
鏡の中の自分を見た時、黒目と合ってドキッとした。
いや、違う。これはストーカーじゃない。
ぶんぶんと頭を振って浮かんだ考えを消す。
ただ、あの時のお礼が言いたかっただけ。盗撮犯に突き飛ばされた私を支えてくれたんだもん。
お礼を言えば気が済んで、もうハヤミさんの事は考えなくなる。
きっとそう。
蛇口を捻り、勢いよく出て来た水で顔を洗いながら、私はストーカーじゃないと何度も心の中で思った。
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