残暑

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 部屋を換気しようと窓を開けると、室内のそれとは打って変わって、およそ人間に適していないもわっと蒸し暑い空気が流れ込んできた。 「窓開けないでよー」  この適度な冷えた空間に充満する人肌から蒸発した水分の匂い、ニコチンとアルコールの毒に香り、そして情欲の残り香。その原因の片棒を担いだ彼女が、眩しそうに薄いタオルケットだけを身に纏って、窓辺に立つ俺を鬱陶しそうに見ていた。 「ほら、いつまで寝てんの。昼から授業あるでしょ」  床に転がった衣服や下着を彼女に投げつける。 「まだ朝じゃん・・・あ、シャワー浴びたい」 「そう言ってダラダラしてるといつも遅刻するでしょうが。シャワーは勝手に浴びろ」  投げられた衣服をそのままベッドに捨てたまま、ふらふらと風呂場へ駆けていった。  ベッド横に無造作に置かれた昨日の好き勝手した残滓を片付けながら、タバコの火をつけた。部屋を換気してすぐだってのに。もういいか、窓を閉めた。 「あー勝手に一人でずるいー」 「・・・シャワーは?」 「一緒に浴びよーって言いにきたの」 「いいよ俺はあとでゆっくりやるから」 「えーケチー」  そう言って俺の電子タバコを取り上げて勝手に吸い出す。吸えないくせに。ほら、咽せた。 「いいからさっさと浴びてこいよ」 「はーい・・・」  しょげた子犬はヨチヨチと帰っていく。タオル借りるねーって、そういうところはいつも律儀だなぁと思う。  彼女から奪い取ったタバコを咥えて少し思い馳せる。どうしてこうしているんだろうって。こんなクズ男みたいななりの俺に、ひょいひょいと夜の街灯に釣られた蛾みたいに。  明らかに底なし沼に沈んでいくような感覚。刹那主義で生きるほどの覚悟はどうにもなかったらしく、この沈んでいく感覚に少しは気持ち悪さを感じてしまっている。  このことに対して彼女はなにを思っているのか。若さ故の無謀さか。それとも案外破滅主義者か。どっちにしろ彼女も彼女なりにクズなのかもしれない。意図的じゃないにしても。 「いつもありがとねー」  シャワーから出てきてドライヤー片手に俺の前に座る。クズなら感謝出来ないであるべきだろうに。  俺はコードを伸ばして、電源を点ける。俺の顔の前くらいにドライヤーを構えて、温風を発する。強風モードで。 「ねぇ」 「なんだよ」 「・・・・・・・・・・・・なんでもない」 「なんだそれ」  ドライヤーの音に掻き消されて、それをきっとこの子も察して無かったことにしたその言葉を、俺は聞き返しはしなかった。多分聞こえても仕方ないから。  おおかた乾かしたら冷風で髪を纏める。広がらないように痛めないように。温かくしたあとは冷たく。皮肉のようだった。 「うん、ありがと」 「おう」 「次いつ来ていい?」 「俺が暇なときなら」 「それっていつでもいいってことじゃん」 「ウザ」  じゃあまたねって言って帰ろうとする彼女を止めた。クローゼットの中から薄いジャケットを彼女に渡す。ギリギリまだメンズライクなアウターで通りそうなシンプルなやつ。 「今晩、冷えるらしいから」 「・・・すぐに返したほうがいい、よね」 「・・・・・・いつでもいい、返さなくてもいい」 「・・・そっか」  じゃあね、一言残して出ていった。まだ吸えたがそんな気分じゃなくて、全部すり潰した。  腹減った、風呂入りたい、洗濯もしなきゃいけない、日用品の買い出しも行かなきゃいけない。色々考えて、結局全部めんどくさくなって、カーテンを閉めてもう一回目を閉じた。
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