7人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
顧問「いまフライを打った彼は誰だったかな。キャプテン」
キャプテン「はい、1年の頃から、なんとなくいる、3年の大田黒ですけど」
顧問「ずっと見ていたが、ノーヒットだな」
キャプテン「気づかれましたか」
顧問「気づきたくなくても見てればわかるよね」
キャプテン「彼は我が野球部創立百年の歴史の中で、入部以来、ノーヒットノーランなんです」
顧問「ピッチャー?」
キャプテン「いえ、バッターとして」
顧問「初めて聞く言い回しだ。つまり、一度も塁に出ていない、ということか」
キャプテン「その通りです。塁に出ていないだけでなく、便も出ていないとよく言っています」
顧問「それは聞きたくなかった。なぜそんな選手を辞めさせないんだ」
キャプテン「はい、彼には特技がありまして」
顧問「嫌な予感しかしないのは気のせいかな」
キャプテン「パーフェクトな予告アウト宣言です」
顧問「予告ホームランの聞き間違えではないよね」
キャプテン「はい、左中間フライ、ピッチャーフライ、キャッチャーフライ、アジフライ、すべて予告通りにアウトになります」
顧問「なせ、アジを入れた」
キャプテン「好きなもんでつい。すみません」
顧問「彼に話したいことがある。ここに呼んでくれないか」
キャプテン「おすすめしませんが」
顧問「なぜた」
キャプテン「バカだからです」
顧問「だろうね。いや、呼んでくれ。人には怖いもの見たさという心理があるものだ」
大田黒「なんでしょうか、司令官」
キャプテン「何度言えばわかる。俺は司令官じゃない、キャプテンだ」
大田黒「ハーロック!」
キャプテン「私が宇宙海賊に見えるか」
大田黒「うーん、薄目で見れば、なんとかぁ」
キャプテン「ちゃんと目を開け。何度も言ってるのにいい加減覚えろ」
大田黒「あと3回だけチャンスをください!」
キャプテン「1回!」
大田黒「おすっ!」
顧問「君の話はキャプテンから聞かせてもらったよ」
大田黒「恋の噂ですか」
顧問「違う」
大田黒「キャプテン、このおっさん誰です?」
キャプテン「顧問の和田先生だ。知ってるだろ」
大田黒「覚えにくい名前なので、おっさんと呼ばせてもらっていいでしょうか」
キャプテン「ダメだ」
大田黒「じゃあ」
キャプテン「クソジジィもだめ」
大田黒「えーっ!それもダメ?キッツい」
顧問「大田黒、君の特技は聞いたよ」
大田黒「皿回しなんて誰でもできますよ」
顧問「それじゃない」
大田黒「サル回しのことですか」
顧問「違う」
大田黒「あと回せるものと言えば、コマか」
顧問「もう回さんでいい。予告アウトの話だ」
大田黒「ウケる」
顧問「・・・何が」
大田黒「いまYouTubeでやってるこの映像マジウケる」
キャプテン「大田黒、練習中にケータイでYouTube見るのは禁止なはずだぞ。しかも顧問と話してるのに。TVerにしろ」
顧問「TVerもだめだ」
キャプテン「おすっ!」
顧問「予告アウトを宣言できるということはだ、つまりだ、好きなところへ打ち分けられる、ということだろ」
大田黒「そんなの隣の家のヤギでもできますよ」
顧問「犬じゃく、間違いなくヤギか」
大田黒「うーん、そう言われると自信がなくなります。犬とヤギの生物学的ボーダーラインはなんですか」
キャプテン「大田黒。顧問にアカデミックな質問はやめるんだ。野球部の顧問は大概、賢くない」
顧問「いや、面白い質問だ。しかしその答えは永遠に藪の中だ」
大田黒「ホワッツ?!」
顧問「そんなことより、君は日本の野球界に収まらない人材だ。メジャーに行きなさい」
キャプテン「顧問!?」
大田黒「コモン!」
顧問「カタカナで言うな。くすぐったい」
大田黒「おすっ!」
顧問「ノーヒットノーランの大田黒がアメリカのメジャーですか?」
大田黒「私もそろそろメジャーだな思っていました。ちなみに、メジャーってなんですか」
顧問「主に腹囲を計測する・・・」
キャプテン「顧問!」
大田黒「あれか」
キャプテン「違う!」
顧問「君は何も知らなくていい。私がすべて手筈を整えてある。今日の夕方、多摩川の河川敷からスタートしなさい」
キャプテン「え、成田じゃなく?」
顧問「手漕ぎボードを用意してある」
大田黒「かっくいい!」
キャプテン「大田黒、わかってるのか。何日も一人っきりでボートを漕いでアメリカまで行くんだぞ。命を落とす可能性だってある」
大田黒「それが祖父の代から続く冒険家の血筋です!」
キャプテン「え、初めて聞く話だな。お前んとこ八百屋じゃなかった?」
大田黒「祖父は、女湯を覗きたくて桶を重ねて覗こうという冒険をして、残念ながら逮捕されました」
キャプテン「あのさ」
大田黒「父は、全裸でどれだけ公道を走れるかという冒険をしましたが、1.2キロ地点で検挙されました。皆素晴らしい・・・」
キャプテン「バカだね」
大田黒「キャプテン、冒険家とバカは紙一重なんです」
顧問「彼の言う通りだ。偉大な冒険家は偉大なバカともいえる。いま必要なのは、本物のバカなんだ。大田黒、君こそ本物のバカだ!」
大田黒「おすっ!!」
キャプテン「つけ入る余地なし!」
大田黒「ちなみに、アメリカって何県でしたっけ」
顧問「とりあえず、正門を出たら右」
大田黒「おすっ!では行ってきます!!」
キャプテン「あー行っちゃったよ。あ、転んだ。大田黒、泣いてますけど・・・。あれ、顧問、泣いてます?その涙の意味、教えてもらっていいですか」
【了】
最初のコメントを投稿しよう!