ト書きのない文学シリーズ 6 野球部

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顧問「いまフライを打った彼は誰だったかな。キャプテン」 キャプテン「はい、1年の頃から、なんとなくいる、3年の大田黒ですけど」 顧問「ずっと見ていたが、ノーヒットだな」 キャプテン「気づかれましたか」 顧問「気づきたくなくても見てればわかるよね」 キャプテン「彼は我が野球部創立百年の歴史の中で、入部以来、ノーヒットノーランなんです」 顧問「ピッチャー?」 キャプテン「いえ、バッターとして」 顧問「初めて聞く言い回しだ。つまり、一度も塁に出ていない、ということか」 キャプテン「その通りです。塁に出ていないだけでなく、便も出ていないとよく言っています」 顧問「それは聞きたくなかった。なぜそんな選手を辞めさせないんだ」 キャプテン「はい、彼には特技がありまして」 顧問「嫌な予感しかしないのは気のせいかな」 キャプテン「パーフェクトな予告アウト宣言です」 顧問「予告ホームランの聞き間違えではないよね」 キャプテン「はい、左中間フライ、ピッチャーフライ、キャッチャーフライ、アジフライ、すべて予告通りにアウトになります」 顧問「なせ、アジを入れた」 キャプテン「好きなもんでつい。すみません」 顧問「彼に話したいことがある。ここに呼んでくれないか」 キャプテン「おすすめしませんが」 顧問「なぜた」 キャプテン「バカだからです」 顧問「だろうね。いや、呼んでくれ。人には怖いもの見たさという心理があるものだ」 大田黒「なんでしょうか、司令官」 キャプテン「何度言えばわかる。俺は司令官じゃない、キャプテンだ」 大田黒「ハーロック!」 キャプテン「私が宇宙海賊に見えるか」 大田黒「うーん、薄目で見れば、なんとかぁ」 キャプテン「ちゃんと目を開け。何度も言ってるのにいい加減覚えろ」 大田黒「あと3回だけチャンスをください!」 キャプテン「1回!」 大田黒「おすっ!」 顧問「君の話はキャプテンから聞かせてもらったよ」 大田黒「恋の噂ですか」 顧問「違う」 大田黒「キャプテン、このおっさん誰です?」 キャプテン「顧問の和田先生だ。知ってるだろ」 大田黒「覚えにくい名前なので、おっさんと呼ばせてもらっていいでしょうか」 キャプテン「ダメだ」 大田黒「じゃあ」 キャプテン「クソジジィもだめ」 大田黒「えーっ!それもダメ?キッツい」 顧問「大田黒、君の特技は聞いたよ」 大田黒「皿回しなんて誰でもできますよ」 顧問「それじゃない」 大田黒「サル回しのことですか」 顧問「違う」 大田黒「あと回せるものと言えば、コマか」 顧問「もう回さんでいい。予告アウトの話だ」 大田黒「ウケる」 顧問「・・・何が」 大田黒「いまYouTubeでやってるこの映像マジウケる」 キャプテン「大田黒、練習中にケータイでYouTube見るのは禁止なはずだぞ。しかも顧問と話してるのに。TVerにしろ」 顧問「TVerもだめだ」 キャプテン「おすっ!」 顧問「予告アウトを宣言できるということはだ、つまりだ、好きなところへ打ち分けられる、ということだろ」 大田黒「そんなの隣の家のヤギでもできますよ」 顧問「犬じゃく、間違いなくヤギか」 大田黒「うーん、そう言われると自信がなくなります。犬とヤギの生物学的ボーダーラインはなんですか」 キャプテン「大田黒。顧問にアカデミックな質問はやめるんだ。野球部の顧問は大概、賢くない」 顧問「いや、面白い質問だ。しかしその答えは永遠に藪の中だ」 大田黒「ホワッツ?!」 顧問「そんなことより、君は日本の野球界に収まらない人材だ。メジャーに行きなさい」 キャプテン「顧問!?」 大田黒「コモン!」 顧問「カタカナで言うな。くすぐったい」 大田黒「おすっ!」 顧問「ノーヒットノーランの大田黒がアメリカのメジャーですか?」 大田黒「私もそろそろメジャーだな思っていました。ちなみに、メジャーってなんですか」 顧問「主に腹囲を計測する・・・」 キャプテン「顧問!」 大田黒「あれか」  キャプテン「違う!」 顧問「君は何も知らなくていい。私がすべて手筈を整えてある。今日の夕方、多摩川の河川敷からスタートしなさい」 キャプテン「え、成田じゃなく?」 顧問「手漕ぎボードを用意してある」 大田黒「かっくいい!」 キャプテン「大田黒、わかってるのか。何日も一人っきりでボートを漕いでアメリカまで行くんだぞ。命を落とす可能性だってある」 大田黒「それが祖父の代から続く冒険家の血筋です!」 キャプテン「え、初めて聞く話だな。お前んとこ八百屋じゃなかった?」 大田黒「祖父は、女湯を覗きたくて桶を重ねて覗こうという冒険をして、残念ながら逮捕されました」 キャプテン「あのさ」 大田黒「父は、全裸でどれだけ公道を走れるかという冒険をしましたが、1.2キロ地点で検挙されました。皆素晴らしい・・・」 キャプテン「バカだね」 大田黒「キャプテン、冒険家とバカは紙一重なんです」 顧問「彼の言う通りだ。偉大な冒険家は偉大なバカともいえる。いま必要なのは、本物のバカなんだ。大田黒、君こそ本物のバカだ!」 大田黒「おすっ!!」 キャプテン「つけ入る余地なし!」 大田黒「ちなみに、アメリカって何県でしたっけ」 顧問「とりあえず、正門を出たら右」 大田黒「おすっ!では行ってきます!!」 キャプテン「あー行っちゃったよ。あ、転んだ。大田黒、泣いてますけど・・・。あれ、顧問、泣いてます?その涙の意味、教えてもらっていいですか」            【了】
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