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浮気相手の襲来
まだ夏真っ盛りの8月の終わり、その女が私を訪ねてきたことがすべての始まりだった。
いや、きっかけか。
そうなる予感がずっと前からあった。
「カイ君と別れてよ」
どう見ても夜職用の派手なピンクのミニスカスーツで会社に押し掛け受付嬢を困らせた女。仕方なく出向いた私を見たとたんに失笑した女。
そして場所を近場のカフェに移して開口一番がこれ。
「色気もない年増相手をさせられたカイ君がかわいそうでしょ?」
私を笑った理由はそれらしい。彼女の価値観では化粧を塗りたくって胸の谷間を作り、ミニスカートをはけば色気があると言うことなのだろう。
品格が伴わなければ下品なだけ。
夜職でも接待術や話術がなければ務まらない。
それもできずに男に寄生を考えたのか。
少ない言葉の中でそこまで察することができた。
「あんた、いいとこ勤めてんじゃん。慰謝料もちゃんと払ってよね」
「…慰謝料って浮気したほうが払うんですよ」
「ババアの相手させてごめんなさいって謝まる方なんだよ、おばさんは!」
「弁護士を入れます」
弁護士、という単語で少し黙るが、カイ、夫を諦める気はないらしい。
それにしても私の年増を強調したいらしいが、この女もそこまで若くはないだろう。襟ぐりを広げた日に焼けた肌は荒れていて、睨む目じりの小皺は表情を変えてもそのまま刻まれ続けている。私よりも下かもしれないが確実にカイよりは上だと思う。
「フン…カイ君に払ってもらうもん」
これは彼女も夫に騙されているパターンのようだ。
「…離婚します」
「そうそう!それでいいの!物分かりいいじゃん、おばさん」
「話し合いをするので連絡先をください」
思いどおりになったと女は簡単に連絡先を差し出した。
これは夫のほうが確実にごねる。
女はテーブルに置かれた伝票に触ることもなくさっさと店を出て行った。
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