山号寺号

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山号寺号

 幇間の一八が歩いていると、向こうから嬉しそうな顔をした若旦那が歩いてきた。早速、一八がごまをする。 一八:どこへ行お行きで 若旦那:浅草の観音様にね 一八:ああ、金龍山浅草寺(きんりゅうさんせんそうじ)ですね 若旦那:俺が行くのは浅草だよ 一八:ですから、あそこは本当は金龍山浅草寺というんです。お寺には『なに       なに山なになに寺』という正しい呼び名があり、この山号と寺号を合わ       せた『山号寺号』というのが、どこにでもあります 若旦那:どんなところにも山号寺号があるんだな 一八:へえ、その通りで 若旦那:この場にもあるか。もしあったら大金をやろう 一八:街中か。困ったな。よし、おばさんが縁側を拭いていますね    『おば拭きそう』 若旦那:うまいじゃねえか。ほれ、小判だ 一八:ありがてえことで。他にもありますぜ    あそこに白衣の女がいますね。『看護婦赤十』 若旦那:しかたねえ、ほら金だ 一八:ありがてえありがてえ。お、遠くから読経の音が聞こえてきますぜ     『お坊今法』 若旦那:むむむ、中々手ごわいな。これでは金を全てむしり取られてしまう     ようし 一八:若旦那。わたしのサイフを盗らないでくださいよ。え、うるさい 若旦那:『一目散随徳寺(いちもく ずいとく)』 一八:や、若旦那に逃げられた    『南無し損』  ほお、拍手なんざ久しぶりだ。  ここまでが古典だね。この施設で応用と行こうじゃねえか。  あのおばあさん、漢方を飲んでいるみたいだな。『当帰芍薬空腹 』。  このくらいで感心してもらっちゃ困るぜ。  お、そういえば片倉のヘルパーさんが糖尿の薬と血圧の薬を間違えそうになったんだっけ。『ヘルパーあわや大惨』。  片倉さん、始末書を書かされるみたいだな。かわいそうに。 『片倉今一大』  おお、拍手とは嬉しいねえ。  こんな年になっても、褒められるのは嬉しいものさ。  だけども俺は、こんな楽しい噺を戦争に使ってしまったのさ。  俺の冥土の土産だと思えばいいさ、まあ気楽に聴いてくれや。
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