消えた宇宙人

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消えた宇宙人

 依居刻(いいとき)天葉(あまは)は3歳頃、日本に住んでいた。それまでの世界史の中で、日本は何度か滅んでいたが、憲法9条を信奉する平和団体が繰り返し組織され、小さな国を同じ列島において立ち上げ、各地に散らばった同志が運営する日本人村を含む共同体となっていた。その日本列島に残るTokyoという名の都市で、天葉はその年頃の子供にしては、かなり杜撰な育てられ方をしていた。もっとも、夏の灼熱の車内に放置などという事件が昔から珍しくもない国ではあったから、他の家庭の子よりも愛されていないとか、惨めな境遇だったというわけではなかった。  しかし、天葉が毎日のように公園に出かける際、父も母も付いて来てくれず、一人きりで遊んでいたのも事実であり、そこに現れた危険人物が誘拐犯や変質者ではなく良心的な一介の宇宙人であったことは全くの偶然である。 「ねぇ君。何して遊んでるの?」  彼はそう話しかけた。どんなに想いを募らせていようと、結局、きっかけの言葉など、どれも似通っているものだ。関係が特別なものになるのは、その過程によるのであり、始まり方によるのではない。  天葉は、自分のしていることが、どう見ても砂遊びであることに気づくと、尋ねられた内容に僅かな違和感を覚えたが、見て明らかなことでもとりあえず聞いてみるということもあるし、会話とはそういうものであるから、特に気にせずに笑顔で答えた。 「砂遊び。お城を作ってるの」 「へえー。地球の砂は何を食べるの?」 「!?」  自分と変わらない人間の少年が口にした予想外の言葉に、天葉は固まってしまった。 「あ、ごめん。ここでは砂は生き物じゃないってこと、忘れてた」 「???」 「えっと……僕、好きな砂だったら、食べられるんだけど。君は、どんな砂が好き?」  その少年は誤魔化そうとして連続で墓穴を掘っていたが、幼い頃は突飛な言動をする子供もさほど珍しくはない。天葉は少し首をひねりつつ、 「んー? ちょっと湿った砂だと、形が作りやすいかなぁ? でも、食べられる砂なんてないと思う」  と、大人さながらに、やんわりと指摘した。 「そっか。砂を食べる生き物はいると思う?」  花珠星は人間ではないから天葉の常識から外れるのは当たり前なのだが、砂が食べられないのではなく、人間は砂を食べないだけだということを、どうしても主張せずにはいられなかった。天葉からは、ありえないとは思われたくなかったのだ。  それに対し、天葉は冷静に答えた。 「鳩は小石を食べるし、絶対いないってわけでもないと思うけど、人は砂を食べたら具合が悪くなる」 「ああ。だよね」  ここで、天葉は少し考え込み、意を決して花珠星の手を掴んだ。 「ねえ、お名前教えて」  花珠星は少しビックリしながら 「僕? 僕は、花珠星(かずほし)。咲溜(さだまり)花珠星だよ」  と、すぐに名前を教えた。当たり前だ。天葉と親しくなるために地球に来たのだから。 「花珠星くん。お家の人は?」  真剣な様子で、質問を重ねる天葉に、戸惑う花珠星。 「えっ、えっと……」 「ねえ、花珠星くんは、砂を食べたことがあるの? お腹がすいてたの?」 「う、うん」 「ダメだよ! ちゃんと体に良いもの食べなきゃ!!」  天葉は、困っている人を見ると放っておけず、一生懸命になってしまうところがあった。 「卵焼き作るから!! わたしのお家に来て、食べて!」 「え!? その卵焼きっていうのは……まさかあの……!?」 「どうしたの? 卵アレルギーの子以外は、食べたことあるはずだよ! 花珠星くんのパパとママ、そんなに意地悪なの?」 「そうじゃないけど……」 「とにかく食べて! 私が手作りする!」  そう言って天葉は強引に花珠星を家へ連れていくと、花珠星が宇宙人だとも知らず、鶏の卵を食べると透明になってしまうことも知らないまま 「あーんして!」と口を開けさせ、スプーンで卵焼きを口元に運び、食べさせてしまった。  すると、花珠星の体は見る見るうちに透明になり……すっかり消えてしまった。 「ええええええええ!!」  あまりのことに、天葉は驚いて大声を上げ、しりもちをついてしまった。
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