心配事の種

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心配事の種

「えっ。花珠星くん……? 今、消え……、え?」  状況を呑み込めず、混乱している天葉に、花珠星の声が応えた。紛れもなく本人の喉から出ている声だった。 「ごめん。僕、足が速いんだ。だから急にいなくなってビックリしたかもしれないけど、安心して。公園の前の通りで、赤信号なのに渡ろうとして轢かれそうになっている人がいたから、危ないって声を掛けに行って、助けただけだから!」  などと理屈を捏ねて取り繕うも、実際は天葉の目の前から数センチすら動いていなかったので、大人であれば、声の発生源が近すぎることに違和感を覚え、気持ち悪いと思ったかもしれない。しかし、まだ3歳の天葉は、距離感というものを掴み始める前だったため、花珠星の嘘は、この場では通用した。 「そうなんだ。その人、助かってよかったね。だけど……卵焼き、美味しかった?」  おずおずと手作りの卵焼きの味を尋ねる天葉に、 「待って。今戻るから」  と、約束した花珠星だったが、実際のところ、鶏の卵に含まれる物質によるマノラミアの身体透明化の治療法は不明。通りまで出ていた振りをして、その後に天葉の目の前に戻ってきたかのように見せることは可能だが、いかんせん天葉の目に見える状態には戻れない。  10分以上悩んだ挙句、花珠星はこう言ってしまった。 「今助けた人が、お礼がしたいから家においでって言ってるんだ。僕、行ってくるよ。じゃあね、また!」 「えっ、花珠星くん、知りない人に付いて行っちゃダメだよ!」  それが嘘であることに気づいていなかった天葉は、無用な心配事に振り回されることになる。 「か、花珠星くんが……もしかして、誘拐されちゃったのかもしれない……。どうしよう。お父さんとお母さんに助けてもらったほうがいいのかなぁ」  天葉は、とにかく公園から出て花珠星を探すも、当然ながら見つからず、きっと花珠星は知らない人に付いて行ってしまったのだと思い込んだ。 「大変なことになっちゃったよぉ。花珠星くん無事だと良いけど……」  天葉にとって頼れる大人は両親と幼稚園の先生くらいしかいない。天葉の両親はどちらかと言うと放任主義だが、同年代の新しい友達がいなくなってしまったと聞いて何もしないほど冷淡ではない。当然、天葉は家に帰って事の顛末を両親に話し、花珠星を守るための協力を仰ごうと考えていた。まさか、自分と見た目がそう変わらない花珠星が、地球上で誰も知らない生命体であり、人間の科学では説明できない理由で姿を消したなどとは想像もしなかった。  一方で、花珠星は何も心配ないかのような振りをしていたが、実際は大好きな天葉に自分の姿を見てもらえなくなり、しかも対処法が分からないという大ピンチに直面していた。  花珠星が地球上の人間とは全く違う生態を持っているということ、そしてそのことがまだ天葉には理解できないということが、沢山の心配の種になりそうだった。
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