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その女子学生のバイトは知っていた。
「休日に出勤はしてますが、その分、他の曜日に休みはもらってます。なので心配はいりません」
その言葉が嘘だということに。
毎朝彼が出勤に使う電車に、その女子学生も平日の朝は乗っているからだ。
彼女がそれだけ朝早く学校へと向かうのは、家では母の代わりに家事をこなすためできない学校の勉強をするためである。
そんな学校へと向かう道すがら、彼女は毎日のように彼の横顔を盗み見ていた。一切に話しかけることなく。
彼女がバイトをするのはお金を稼ぐため以外に理由はない。接客などやりたくもないのにそのバイトは選んだのは、自分が学生だったから。この辺りでシフトの融通が利いて、高校生でも働けるのは接客業くらいだった。
接客なんて楽しいものではない。
そういう人たちによって溜まるストレスは、たまに来る性格のいい客によっても緩和されるものではないのだ。
『どうしようもないことだって世の中にはあるのよ』
事あるごとに母の言っていたその言葉が頭に浮かんだ。
よく来る常連客。そんな彼に電車で話しかけることができなかったのは、
「……」
彼がいつも死にそうなほど暗い顔をしていたからだった。
母と同じで、きっと無理をしている。それが分かっていても自分には何もできない。頭に浮かぶ母の言葉がこの時ばかりは仇になっていた。
「来れたら、また……」
そう言って店を出た彼の背中が太陽の光に掻き消されていった。
彼女もいずれ知るだろう。
世の中にはどうしようもないことだってあるのだから。
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