10人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
第一話
道端で、ドン。と体がふれた。
「すみません」
「女?」と振り返りいうスーツ姿の男の声に足が止まりそうになる。
周りの目が集まる、嫌だ。
「でけーな。おかまかよ」
その言葉にいたたまれなくなる。
周りでクスクス笑う声が私をさすようで嫌だ。
後ろで下から見上げる男は舌打ちをする。
「すみません」と頭を下げ走ってその場を離れた。
面倒だった。
中学から高校で急激に伸びた身長は、モブにとって目立ってしょうがなかった。
ーー目立ちたくないのに。
長い前髪で視界を隠すとほっとできた。
セーラー服は、私にあだ名を付けた。
ベルばら。
最初それが何の事かわからなかった。
漫画と知って、それをどうこう言うつもりもなかった中学時代。でも高校に入ると同じ学校から行った男子生徒により広まったあだ名は男女(おとこおんな)に宝塚。
見た目が男性それが女性の恰好をしていると言う意味だと知った時、いじめへと発展していった。女子は案外それを笑ってはねのけてくれる子もいたけど、しょせん一人。
まっすぐ家には帰らず電車を乗り継ぎ祖父の家へ。
開けっ放しの玄関、鞄を置き、畑に行き、祖父母の手伝いを黙々とした。
すぐに開き直ったのは、家でも文句を言われるようになったからだ。
身長を追い越された兄の冷たい眼。
着る服や靴がすぐに入らなくなることにため息をつく母親。
それを黙って見ているだけの父親。
それを鼻で笑い我関せずの妹。
みんな嫌いでしょうがなかった。
そんな私の救いは、祖父母だった。
農家を継ぐのが嫌だった父親。私は小さい時から祖父の跡を継ごうと思っていた。
いたんだ。
♪新しい朝が来た希望の朝だ♪
ラジオ体操が始まる前に流れる歌。
お爺ちゃんはこれを私の歌だと言った。
小さいころは大きな声で歌った。
「それ!1,2のー3―!」と言って抱き上げられ、空に向かい、ブンと体を持ち上げられたのが大好きだった。
そして、それが終わるとラジオ体操が始まる。
祖父母と並んでするラジオ体操。
大好きな祖父母。
でも別れはやってきた。
祖母が倒れ、あっという間に亡くなると、追いかけるように祖父が体調を崩し入院。
私はお爺ちゃんの代わりに畑に出た。高校時代、家に帰らずにお爺ちゃんの家から通った。お爺ちゃんが元気になって出てくることだけを夢見て。
でも…。
「いやー!なんで、何でそんな事するの!このハウスは私が守るって決めていたのに!」
ビニルハウスに足で穴をあける兄。
「何が守るだ、この土地を売った方がずっといいんだよ。どけ!こんな苺なんか!」
むしりとる苺に飛びついた。
「いやー!」
舌打ちをする父親は見て見ぬふり。
「女はこんなことしなくていいの、ここは売ってしまうから、お父さんの言う事聞きなさい」
いくらになるかしらとカネ勘定ばかりの母親。
「まったく高校生にもなって、女のくせに図体だけでかくて」とつぶやくように言う父。
「大きくなりたくてなったわけじゃない‼生まれたくて生まれてきた訳じゃない!あんたたちの人形でいいのなら、感情なんて生まれないように育てればよかったじゃない!なんで文句ばっかりなのよ!自分の言いように物事が進まないことを子供のせいにするな!」
バシッ!
父の手が飛んできた。
ざまあねーの。という兄。
ばっかじゃないのとスマホしか関心のない妹。
はっ。
目が覚めた。
夢?
嫌な夢だったな。
ドーン、グラグラ。
「じ!地震?」
布団にしがみついた。
ドドーン‼ドーン!
揺れが収まり周りを見た。
あれ?
結構強い揺れだったのに、部屋の中は綺麗なまま、それにホッとした。時計は、まだ起きる前の時間、もう少し寝よう。
父に殴られた痛みより、亡くなった祖父母が大事にしていた、家、畑、農作物が無残にも、踏みつけられていく様を見て泣いた。古い家が壊され倒れる時、家が悲鳴を上げているようで、胸の奥できしむ苦しさの方が痛かった。
ニヤニヤと笑う兄。
よかったとお金のことばかりの両親。
課金ができると喜ぶ妹。
祖父母が死んでよかったといった四人に怒りを覚えた。
そんな家族が嫌で家族が嫌いで上京、両親からも兄弟からも何の連絡も来ない。
祖父母のお墓参りに行ったとき、誰も来ていないのか、そこだけ、雑草が生え、お墓も見えないほど、泣く泣く、綺麗にした。
管理している人が連絡をくださいと書かれた札があり、家に連絡をしたら、あんた生きていたのという母親。お墓のことをいったら、次は長男の兄が面倒を見るからそっちに連絡をしろという。
渋々兄に連絡をするとめんどくさいと押し付けられた。仕事をしているのと結婚しないだろうしと笑っていう奴。それならと、私は父親にお墓を処理することを話すと怒鳴られた。
そんな人たち。
お墓の下を開け、おじいちゃんとおばあちゃんの遺骨を少しだけ拾い、私は自分で管理するとそこを離れた。
四年目の春彼岸を迎えた。
それ!1,2のー3―!
「おじいちゃん、おばあちゃん……」
私は又すぐに寝息を立てた。
次に起きた時、大変な事に気が付くまでの幸せな最後の時間だったのかもしれないなんて、だいぶ時間がたってからそれを知る事になる。
~ ~ ~ ~ ~
整列!
またかよ!
まったく朝っぱらからやめてほしいぜ。
こそこそ話す声は、いい加減こっちも聞き飽きていた。
「それぞれ持ち場につき、やじ馬の整理、それと被害の状況確認をしろ!」
「隊長、ちょっと」
なんだ?
あれなんですけどね、中から変な音がするんです、もしかして生存者がいるんじゃ?
他の生存者は?
第一部隊長が見ております!
「行こう」
「え?俺もですか?」
「女だったらどうする?」
「あー、はい、はい、行きますかね?」
彼らはこの国を守る騎士団です。
彼等と出会うまで、あと数十分。
私はまだ夢の中でした。
~ ~ ~ ~ ~
最初のコメントを投稿しよう!