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冷蔵庫から卵を取り出す。
だし汁に砂糖、少しの醤油。全てをボウルの中でかき混ぜると、フライパンに油を熱して流し込む。
ジュワッと美味しそうな音を立てて卵液が広がっていく。それを菜箸で手早く伸ばして巻いていく。それを繰り返していくうちに、大きなだし巻き卵が完成した。早く食べてほしいとソワソワし始めた頃、蒼斗の部屋のドアが開いた。
「はぁ~あ、っはよ」
「おはよう、蒼斗。凄い寝癖だよ?」
「うんんん……まだ眠みぃ」
目を擦りながらダイニングへ入ってきた蒼斗は、翔真に抱きついた。
「はっ? 何やってるんだよ。彼女じゃないんだからな」
「だって、料理してる姿って可愛く思えてしまうんだよな」
「男相手に何言ってるんだよ! ほら、もう朝ごはん出来たから、急いでシャワー浴びてきな?」
「……なんか、翔真ってお母さんみたい」
「…………っ!! 蒼斗、怒るよ!?」
翔真が頬を膨らませて怒っても、蒼斗には僅かにも響いていない。それどころか、子供をあやすように髪を悪戯にかきみだし、浴室へと向かった。
「もう、蒼斗のやつ。大人ぶりやがって。同級生だっつの」
ブツブツ言いながらも口元が緩んでしまう。これまでの彼女にも同じようにしてきたのだろう。そう思うと、元カノたちが少し羨ましいような気持ちになった。
ベランダへと続く窓から、春らしい爽やかな風が流れてきた。窓に近寄ると、真正面にある公園の外周に沿って植えられている、桜が満開を迎えている。
週末には見頃は過ぎているかもしれないが、ベランダで花見もいいかもしれない。
そんなことを考えながら、また朝食の準備へと戻った。
テーブルに朝ごはんを並べ、弁当をランチバッグに入れる。
まさか蒼斗が弁当を作ってくれと言うとは、思ってもみなかった。翔真が目をまん丸に開いてフリーズしていると、その反応に蒼斗はなんで「そんなにびっくりするんだ?」と言った。
「蒼斗なら、外食とか学食とか楽しんでそうって思っていたから」と言うと、「それも良いけど、翔真のご飯が食べたいから」なんて、平然と言って退けた。そうだ、蒼斗はこういう人間だ。
無自覚に他人を褒めるのが昔から上手いと思っていた。
しかしそこに嘘や社交辞令なんかは含まれていない。蒼斗は人に対して“凄い”と思うと、素直にそう伝える男なのだ。
改めて考えると、モテて当たり前だと納得した。
思えば高校生の頃もひっきりなしに告白されていたのを思い出す。何が凄いって、ことごとく振られていく女子達は、その後も蒼斗と友達として関係が続く。きっとフォローが上手いのだろうと翔真は密かに観察していた。
きっと大学でもモテるだろうと予想する。もし、ここに彼女を連れてくるときは、避難場所を確保するための友達を作っておかないといけない。翔真はそこまで考えながら、全ての準備を整えた。
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