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私が大好きなシンガー
半年に渡ったPさんのワールドツアーは大成功をおさめ、僕もシンガーとしてずいぶん成長して国に帰ってきた。コーラス隊の先輩方とも絆を深められたと思う。
あの後、ジョーイからは、何で何も言わずに行っちゃったの!と抗議のメッセージが来た。僕はまた会えるからだよ、と返したけれど、その予定なんて、彼女がこの国に来ない限り、当分立ちそうになかった。
僕はまた、ジンカフェでバイトをしながら、歌の仕事を掴む毎日に戻った。
ツアーから帰ってから、始めたことがある。
自分の歌った曲をYouTubeにアップすることだ。カバーがほとんどだけれど、少しずつ自分で作った曲も上げていこうと思っている。映像は自分でいじるのが好きだし、ノゾム先輩が美しい写真や絵を提供してくれたりもした。
自分からは敢えてジョーイにはチャンネルの存在を言わなかった。何だか気恥ずかしくて。
ある日、突然再生数がとてつもなく上がりだして、何事かと思ったら理由が分かった。僕の動画を見つけたジョーイが、TwitterやInstagramでアップしたのだ。
“私が大好きなシンガー”と一言だけ書いて。
「ジュン、どうなってるんだ、君への問い合わせが凄いんだけど⁈」
事務所のマネージャーさんやスタッフが慌てていた。
「僕が歌ってる動画がオススメされたみたいで」
「え? 誰に?」
「ジョーイ・ワトキンス」
「何だってぇーー!!?」
数日後に僕はまた事務所に呼び出され、ソロデビューの為にレコーディングを始めるからそのつもりで、と言われた。
自分の力で、やりたかったんだけどな。僕は少しだけ悔しかった。
このデビューは自分の実力じゃない。ジョーイがもたらしてくれたものだ。
だけど、僕はジョーイにお礼のメッセージを送った。
”ジョーイ、君のおかげで動画がバズって、僕はソロデビューできることになりそうだ。ありがとう”
”ジュン、私はきっかけを作っただけ。あなたには実力がある。あなたの歌声がたくさんの人に届くのを私は心から、誰よりも願ってるよ。そうそう私、『一晩限りの思い出コレクション』を集めるのをやめました!”
自作曲を入れたソロアルバムが出たのは、半年後のことだった。かなり急いで作ったので多少不満もあったけれど、それよりも音楽を作る過程が楽しくてたまらなかった。
「ジュン、ソロデビューおめでとう!!」
「大出世だね!」
コーラス隊の先輩たちが口々に祝いの言葉をくれた。ジョーイが僕の動画を紹介したと皆知っている。それをどう思われているのだろうか。
レンさんがこっそりと耳打ちしてきた。
「あのラスベガス公演の時、お前、ジョーイと会ってたんだろ?」
「……まさか! 僕なんかが!」
そう。僕なんかが。落っこちてきたラッキーは喜んでもらったらいいんだろうけど。もう多分会う事も無い、僕の友達。
「……あんな大スターとどうやって会うんですか~!」
と笑いながら言った。そう、この先どうやってももう簡単に会うことは無い。僕が彼女と同じぐらいの立場にならない限り。
昨日からネットで流れているジョーイの熱愛報道がほんとかどうかわからないけれど、そうならますます会えないな……。
僕の言葉を聞いた後のレンさんは、しまった、という顔をして、
「悪かったな、余計な事訊いて」
と言って、僕の頭をポンポンと撫でた。僕の声は震えていたのだろうか。
デビューが嬉しいのに、ますますジョーイとの差を感じるばかりで、どうしてもこらえきれなくて涙が溢れた。
「やだ、どうしたのジュン君!」
女性の先輩たちが泣き出した僕を見て慰める。
「ジュン、嬉し泣きは今のうちにたくさんしとけよ!」
レンさんがそう言ったけど、きっとレンさんは僕の涙の訳を知っている。背中をさすりながら、またきっと会えるさ、と僕にだけ聞こえる声で呟いたから。
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