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デビューする前に、ジンカフェも辞めさせてもらった。ジンオーナーに挨拶に行く。
「デビューするのか、それは素晴らしい事だ! おめでとう! ジュンのサインもらっとこうか。店に貼っておくよ。いつでも食べに来るといい。辛くなったら必ずな」
ジンオーナーは僕の肩をしっかりと持ってそう言ってくれた。
ノゾム先輩とトモ先輩は
「お前とうとうデビューすんの⁈ クラブでCookieさんにかけてもらえるぐらいカッコいい曲入れとけよ! もうすぐCookieさん戻ってくるらしいから。ともあれ、ジュン、おめでとう!!」
「大学祭で歌ってくれよ! 運営委員に言っとくから。俺お前の横で踊ろかな、ふふふ」
相変わらずいい先輩たちだ。
ジョーイとはたまに連絡をする。
”アルバム聴いたよ! すごく丁寧に歌ってて、曲が嬉しそうだよ。ねえ、いつかコラボできたら嬉しいね。一緒に歌いたいよ”
”ありがとう! 聴いてくれて嬉しいよ。コラボは僕がもっと売れたらね。それまで頑張るから待ってて”
本当にそう言ってくれてるなら嬉しい。ジョーイと一緒に歌ったあの時間は僕にとっても大切な宝物だ。
2枚目のアルバム制作に取り掛かった時だった。ジョーイのニューアルバムが売れに売れまくって、彼女の話題を見ない日が無いという毎日の中、その知らせが来た。
「……ジュン君、ちょっといいか」
「はい、何でしょうか」
険しい顔でマネージャーを始め事務所スタッフに呼ばれた。珍しく会議室に招かれる。
「ジュン君、急な話で申し訳ないが、この事務所が無くなる」
「どういうことですか⁈」
「うちは小さい事務所だから、合併先を探してたのは知ってるだろ? 話が進んでいたんだが、その条件の中にうちの所属アーティストの方向性を向こうの事務所が決める、というのがあって、その内容が今日来たんだ。これがジュン君の分」
見せられたコピー用紙に印刷された内容は、僕が今やっている音楽とは全く違う事をやれ、というものだった。これじゃシンガーと言うよりもアイドルだな……。
「……これをやるなら、合併後の事務所でアルバムが出せる。でもそうなると完全にコンセプトから替えないといけないし、そもそも、やれるかい?」
「無理です……」
「だよな。だから事務所が無くなる、って言い方をさせてもらったんだ。僕達スタッフも納得がいかないから事務所を辞めるつもりなんだよ」
周りのいつも良くしてくれたスタッフたちがうなずいた。この人たちのサポートのおかげで、僕は頑張れたというのに。
「僕達で事務所を立ち上げようという話もしてるんだけど、いかんせん急な話で資金が無くてさ。僕の知り合いのいる事務所を紹介するよ。そこでいきなり二枚目が作れるかどうかはわからないけど、行ってみないか」
その事務所は、憧れた大手だった。でも今の僕にはショックでその気力も出そうになかった。また、一からやり直しか……。
「ありがとうございます。お話は嬉しいんですが、インディーズでやってみようかと思います。もしマネージャさん達が事務所を立ち上げたら、その時は声を掛けてください」
「いいのか? 一度行ってみる価値はあると思うぞ。大手だし」
「まだ僕にはきっとデビューは早かったんです。……もっとじっくり音楽に取り組んでみます」
僕は、一礼すると会議室を出て、事務所に置いている私物をまとめた。給料があるうちに、機材を買っておこう。調子に乗って家賃の高い部屋に引っ越さなくて良かった。またジンカフェに雇ってもらえるかな。
現実的な事を考えているだけなのに、涙が止まらなかった。
やはり人からもらった棚ぼたのチャンスなど、あぶくのように消えてしまうものなのだ。
「――えっ? ジュン君、今なんて言ったの?」
冷ややかな声が耳に届く。僕はこの人の硬質な声がまだ好きになれない。
半年前に散々ゴリ押しされて根負けし、付き合っている彼女がいる。それほど好きでは無かったけれど、悪い子ではないと思っていた。
「事務所を辞めることになったんだ」
「どういうこと? 次は決まってるの?」
「いや、しばらくはインディーズで自分でやってみようと思ってる」
「……プロじゃなくなるってこと?」
プロの定義って何だろう。音楽で食べてるってこと? インディーズでも良い音楽をやっている人はたくさんいる。売れていなくても。
「……そうだね、メジャーレーベルからは作品を出せないね」
「芸能人のジュン君だから好きだったのに。ごめん、別れよ?」
彼女はピカピカに光る爪でクラッチバッグを持って席を立ち、カフェから出ていった。
ああ、そうだったのか。僕は僕だから好かれていたわけではなかったんだ。そうかなと思っていたけれど、本当だったんだな。
でも、これで良かった。もともと好きでもない子と付き合うべきじゃなかった。今出ていった彼女を抱く時に思い出していたのは、囁くような声で歌うジョーイだったから。
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