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一からのやり直し
僕はまた再び、ジンカフェで働きながら、音楽を自分で作り歌う毎日に戻った。何度も雇ってくれるジンオーナーには感謝しかない。
僕が歌っている動画に、次のアルバムはいつ?とコメントが入るけれど、鋭意制作中です!と返すことしかできなかった。
アメリカでジョーイと会った時から2年経った。
”こっちはいい感じで秋晴れです。また一緒にお酒が飲みたいね、ジョーイ”
とだけメッセージをしたら、
”こっちは雨だけど、ふわふわした優しい雨が降ってて、まるでジュンの声みたい。必ずジュンとまたお酒を飲むからね! ハッピーバースデイ、ジュン”
最後に”私の大好きな歌声を持つMuscle Rabbitさん”と書いてあって、初めて動画のコメントでやり取りした時からもう6年近く経つんだと思った。
僕らはいつかまた会う時が来るのかな。
僕は基本シンガーだから、自分でアルバムを作るにしても、音作りに関しては心許ない。そんな話をジンカフェ3号店で、食事に来たノゾム先輩にしていると、
「そうだ!」
と先輩が大声を出した。
「DJCookieさんがいる! 叔父さんの牧場が立て直ったから戻ってきてるって聞いた。ジュン、お前何時上がり?」
「今日は22時です」
「じゃあ、クラブ行って、Cookieさんいるか見に行こうぜ。あと1時間したらまた来る」
DJCookieさんのミックスCDはいくつか聴いたことがある。先輩たちがジンカフェでかけろ!って言って前持ってきたから。HIPHOPメインのと歌もののR&BメインのCDが一枚ずつあって、僕はR&Bメインの方のをよく聴いた。選んでいる曲や好きな音が僕と似ている感じがしていた。
ジンカフェの勤務が終わって、僕らは地下にあるクラブに向かった。重たいビートがフロアに響いている。
「あ! いた! Cookieさん! ノゾムです、覚えてますか?」
「おー! ノゾムじゃん! 元気にしてたか。久しぶりで腕がなまってるとこだ」
真っ白な短髪で前髪を上げている、色白で鋭い目つきの人が先輩に微笑んだ。
「大変だったですよね、叔父さんの牧場、立て直ってよかったです。お疲れ様でした!」
取ってつけたようにノゾム先輩は敬礼をして、あ、と言いながら僕を紹介した。
「こいつ、僕の高校の後輩のジュンです。先輩に折り入って相談があります」
「初めまして、キムラジュンです」
「おう、よろしく。サトウユウジだ。皆DJCookieって呼んでる。恋愛と殺し以外なら相談に乗ってやるぜ」
ニヤッと笑いながらDJCookieさんは僕の話を聞いてくれた。歌を歌っていること。2枚目のアルバムを出したいこと。
「……要は、俺にプロデュースを頼みたいってことか?」
「はい。でも僕も今はアルバイトの身なので、たくさんの金額はお出しできないんですが」
「ちょっと待て、まずはお前の歌聴かせてくれよ」
僕はCookieさんに尋ねた。
「CDと動画あるんですけどどっちがいいでしょう」
「もちろんCDあるならそっちだろ」
僕はこういう時があるかもと思って、いつも自分のデビューアルバムを持ち歩いていた。CookieさんにCDを渡す。
「こういう場所で自分の曲聴いたことないだろ」
「はい」
「どう鳴りが違うか聴いてみろ」
僕は鳥肌が立った。レコーディングスタジオで聴いたのとも家で聴くのとも違う音。ここで聴くともっと音が生っぽい感じがする。
「……こんな風に聴こえるなんて思ってみませんでした」
「そうだろ? これいい曲だな。いつかうちのイベントに出てみろよ。小さいハコのライブも面白いぞ」
Cookieさんにプロデュースを引き受けてもらえることになった。僕は僕のペースで音楽と向き合おう。
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