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突然の来客
それから冬を通り抜け、暑い季節がやって来た。
「ふー、今日も忙しかったなあ」
ジンカフェのバイトから帰り、パソコンの電源を入れてネットのニュースをぼんやりと見ていた。
『熱愛破局⁈ ジョーイは傷心で雲隠れ!』
いきなり目に飛び込んできたのはジョーイのスキャンダル報道だった。
最近ジョーイと連絡取ってないけど、この報道ほんとだったのかな。そんなことを思っても本人に訊くわけにもいかないし、知る由もない。
「ま、いっか。ご飯食べよう」
帰りに寄ったコンビニの袋を引き寄せて、中からカップラーメンを取り出した。今はバイト先のまかないで辛うじて栄養を取っている。最低限の食費しか使わず、少しでも音楽にお金をまわす事に決めていた。お湯を沸かさないと。暑いから食欲も無いけど、そうも言ってられないしな。そう思ながら狭いキッチンに立った時、インターフォンが鳴った。
ピン、ポーン
少し間の抜けた音を久しぶりに聞く。誰だろう、こんな夜中に。カメラを見ても真っ黒だ。ん? これはシャツの色? 誰だ?
「どちら様ですか?」
「ジュン、私よ」
英語での返答。聞き覚えのある少し低くて掠れた、女の人の声。まさか。
慌てて玄関に走り扉を開けると、そこにはジョーイとミスタージャクソンがいた。
「ジョーイ……⁈……ミスタージャクソン⁈」
訳が分からない。二人とも変装している。でもこんなんじゃすぐバレちゃうよ。
「ジュン! やっと会えた!」
ジョーイが涙ぐんで僕に飛びつく。
「すまないが、誰かに見つかったら大変だ。中に入れてくれないか」
周囲を気にしながらミスタージャクソンが小声で言った。
「わかりました、どうぞ」
すぐに二人を狭い部屋に招き入れた。
「狭いけど上がってください」
「ジュン、ごめんね、急に……」
「いいよ、でもどうしてここがわかったの?」
「……人づてに聞いて、探してもらった」
急なことで、どう話していいのかわからない。
「あの、どうして、日本に……? ツアーだったっけ?」
「ううん。ジュンに会いに来たの」
「えっ⁈」
嬉しいけど、どういうことなんだ⁈
それからジョーイはぽつりぽつりと話し出した。僕はこないだレンさんがお土産だとくれたコーヒーを淹れ、ノゾム先輩とトモ先輩が宅飲みで置いていったお菓子を出した。
アメリカで熱愛報道が出てから、パパラッチに追い掛け回されていること、そもそも付き合ってなくて共演者から友達になっただけだったこと。
「勝手に熱愛報道されて、勝手に破局になっちゃった。本当にバカみたい」
4文字言葉を混ぜながらジョーイは忌々しそうに吐き捨てた。なのに、その様子は酷く弱々しく見える。
「見つからないように、どうやって来たの?」
「チャーター機を夜中に飛ばした」
「僕に会うためだけに?」
「そう」
僕はぽかんと口を開けて言葉を失ってしまった。チャーター機を飛ばしてきただって⁈ 何のために⁈
「……どう、して」
「ジュンと会いたかったからに決まってるじゃない!」
ジョーイはまた泣き出して、僕に抱きついてきた。狭い部屋だから逃げ場がない。しばらくバカ、とかわからずや、とか言いながら僕の胸に顔を押しつけていた。ふいにジョーイが顔を上げる。
「……ねえジュン、今またアルバム作ってるってほんと?」
「あ、ああ、自主制作だけどね」
「え? インディーズで? メジャーデビューしたんでしょ?」
「事務所を辞めたんだ」
「どうして⁈」
今度は僕が話す番になった。つたない英語で上手く伝わったかどうかわからないけれど。
「そうなんだ……」
テーブルに置いていた僕の手をジョーイが握った。
おもむろにミスタージャクソンが口を開いた。
「ジュン君、もう夜も遅い。積もる話もあるだろうし、ジョーイさんを泊めてもらえないか。自分は明日10時に来るから」
「僕はいいですけど、ここは狭くてきれいじゃないし……」
僕が言い終わる前にジョーイが大きな声を出した。
「え? いいの⁈ ミスタージャクソン」
「ジョーイさんがいいなら。ただし、外には出ないでください。あと、その端末は外さないこと」
「わかった。約束する」
「周囲は交代でパトロールしますから、安心してください。自分が出たらすぐに鍵を」
そう言って、ミスタージャクソンは僕を見ると、2年前みたいに親指を立てて、扉を閉めた。
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