突然の来客

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「ジャクソンさん、良い人だね」 「うん、お父さんみたいに見守ってくれるの。あの人以外の警備の人は変わってしまったけれど、ミスタージャクソンだけはいてくれる」 「一人暮らしの部屋で、狭いしきれいじゃないけどいいの?」 「ジュンのお部屋に来られて、逆に嬉しいよ!」  そう言ってまたジョーイが僕に抱きつくものだから、戸惑ってしまう。玄関の扉を開けて、彼女の顏を見た時に、僕はやっぱりジョーイが好きだと気づいてしまったから。彼女の首筋から香る甘い香水の香りでクラクラする。 「あー、あの、えっと、暑いし、シャワーとか浴びるだろうから使い方説明するね」  話を逸らそうと僕は浴室にジョーイを案内した。 「こっちが熱いので、こっちが冷たいのが出る。これはこっちに回すとシャワーで、反対がカランだよ」  しばらく水を出して、お湯が出ることを確認した。 「うん、わかった。ちょっと練習してみていい?」 「いいよ、やってみて」  わからなくなって僕を呼ぶわけにいかないしね。 「こっちが……ひゃあっ!!」 「うわっ!!」  シャワーヘッドを引っ掛けたまま、ジョーイがシャワーの方に思い切りひねったものだから、僕らはシャワーの水を浴びてしまった。  だんだんと温かいお湯になっていくシャワーの水を浴びながら、ジョーイは大笑いした。 「アハハ、何これ! もう、このまま浴びちゃお? ジュン!」  僕は慌ててお湯を止める。 「夏だからよかったけど、冬だったらショック死してるよ」  笑い事じゃないって。 「ごめんね、ジュン……?」  まだジョーイは笑っていて、可愛らしく上目遣いで僕を見た。濡れたTシャツから下着が透けて目の毒だ。ウエーブのかかった髪からポタポタと雫が落ちる。思わずその長い髪に触れた。 「髪……色抜いたんだね」  ジョーイの髪の色は金髪に変わっていた。 「そう。まさか私がこんな髪の色にするなんて誰も思ってないだろうと思って」  奇抜な髪色にはしていたが、彼女は今まで金髪にした事はなかったのだ。早く浴室を出ればいいのに、僕らはそれができなかった。 「どんな色にしてもきれいだ……」  狭いシャワー室の薄暗い灯りの下で、僕はジョーイに口づけた。2年前は絶対にそういう関係になりたくないとすら思っていたけれど、今はそうするのが当たり前な気がした。ラスベガスで出逢ったあの日から、いや、初めて君の動画を見た日からずっと、僕は君が好きだった。  ジョーイの唇は冷たくて、身体が冷え始めているのがわかった。暖めなくちゃ。張り付いた服は重たくて、脱ぐのが大変だった。僕らはもどかしくて、でもそれがまたおかしくて、笑いながら服を脱ぎ、もう一度二人で暖かいシャワーを浴びた。 「ジーンズ明日までに乾かないよね?」 「短いからいけるんじゃないかなあ。干すだけ干してみよう」  洗濯機を回している間、僕らは愛し合った。ずっと今までそうしていたみたいに。初めて抱き合うのに、初めてじゃないみたいだった。この感じを僕は知っている。  どうしてだろう。  そうだ、初めて一緒に歌った時と似ている。丁寧に彼女に合わせていくと、彼女はとても柔らかく切ない声を上げる。ずっと好きだった君の声が奏でる途切れ途切れのリズム。  この声はもう、僕以外に聞かせないで。僕には何もないけれど、君を世界で一番好きだと思うんだ。  言葉を口にしてしまいたい気持ちを抑えて、僕は身体でそれを精一杯伝えた。 「ジュン……っ! 私っ……」  ジョーイが僕にしがみつこうとして、それでも力が入らなくて背中を反らせた時に聞いた声は、今まで僕が聞いたことのあるどんな声よりも艶やかで美しかった。 「あなたが好き……」  気付けば僕らは狭いベッドで抱き合ったまま泣いていて、二人でまた顔を見合わせて笑った。君が側にいたら、今僕が悩んでいることがとても小さなことに思える。でもこの時間は明日の10時までなんだ。その事実が頭をかすめた。 「ジョーイ、ずっと、ずっと好きだったよ」  自分の気持ちは伝えておこう。また次会うのは何時か分からないしもう会えないかもしれないから。 「過去形なの?」 「現在進行形」  僕の腕の中でまどろみながらジョーイが言う。 「私、ずっとあなたといたい」 「……立場が違い過ぎるよ。僕は今、アルバイトで何とか生きてるただのインディーズミュージシャンだもの」 「それが何なの? お互い好きなのに、誰かを傷つけるわけでもないのに? 私、ジュンと一緒にいて歌って過ごしたい」 「無理なこと言わないで。僕なんかが側にずっといたら、君の名前に傷がつくよ」  ジョーイの髪をなだめるように撫でる。 「知らないわそんなの。あなたと一緒にいて傷が付くならその程度のものよ私なんて!」  急にジョーイが体を起こした。 「ねえ、私いいこと考えた! ジュン、結婚して! 公の関係ならいいんでしょ?」 「いや、そういう事じゃなくて!」  確かに、誰にも抱かれてほしくないけれど、だけど急な話過ぎる。Cookieさんに頼んでいるアルバムも途中だし。 「私、プロポーズをOKしてくれるまで、ここから帰らないわ」  すごくいい事を思いついた! 完璧! と言わんばかりの笑顔でジョーイは僕の上に乗っかる。 「今、僕アルバム作ってるんだけど……」 「プロデュース誰かに頼んでたりするの?」 「うん」 「今はWebの時代だよ? 音源のやり取りも簡単なのに? もし必要ならプロデューサー呼んでいいから!」 「呼ぶってどこに?」 「アメリカに!」  話がデカくなり過ぎだよ……。ちょっと落ち着こう。こんな木造アパートに住んでる僕と世界の歌姫が結婚とか現実的じゃないよ。 「……冷たい飲み物いる?」  僕はベッドから抜け出すと、冷蔵庫からジュースを出してジョーイに渡した。 「ねえ、ジュン、私が、他の男の人に抱かれたりしても平気なの?」 「……いや、それは……」 「イヤでしょ?」 「……うん……」 「私も、ジュンが他の女の子とするなんてイヤだし、他の人ともしたくない」  う……。それを言われると。 「ちょっと考えさせてくれる?」 「OKくれるまで帰らないからね?」  それから僕は洗濯物を干した。洗濯物なんてほぼ干したことない~!なんて言うジョーイと一緒に。 「ジュン、もう一度抱いて?」 「え?」 「だって、確認してほしいの。離れていても平気かどうか」  これは逆だな。僕を離れられなくするつもりなんだ。 「ずるいよ、ジョーイ」 「違うよ……っ……」  頭ではわかっていても、抱いてなんて言われたら僕は、またあの声が聞きたくて彼女に触れてしまう。  ジョーイのこの声を他の誰かに聞かれてもいいのか?  もう一度この問いを自分の中で投げかけてみる。  ――イヤだ。この声だけは僕が独占していたい。  ……だけど。
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