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「おはよう、ジョーイ。起きて」
僕はジョーイを起こした。何とか服も乾いているようだ。
「んー……」
「ジョーイ? 起きて。ミスタージャクソンが来るよ」
そっと彼女の頬を撫でる。
「んー。わかったあ……」
こんな寝ぼけた可愛い声を出すんだなあ。一緒にいたら、もっと色んな表情と声を知ることができるんだろう。
「……口から何か水が出てるよ」
「えっ! やだっ⁈」
口元を拭きながらジョーイが飛び起きた。ケラケラ笑うとこっちを見て睨む。
「……誰だって、寝てたら出るでしょ!」
「うん。かわいいよ」
僕は拗ねるジョーイを抱きしめた。
インターホンが鳴って、ミスタージャクソンが来た。上がってもらって話をする。
「昨日はゆっくり話ができましたか?」
と僕とジョーイを見てミスタージャクソンが言う。ちょっと気恥ずかしいし、ジョーイに何かしたってバレたらと思うと心臓に悪い。
「ミスタージャクソン、私、ジュンと結婚する」
「は⁈」
「彼がプロポーズをOKするまで帰らない」
「一体どういう事なんですか」
ミスタージャクソンは呆れて溜息をついている。
「好きな人と堂々と一緒にいたいだけよ」
「いつもあなたには驚かされますが、今回ほど困ったことはありませんよ」
「どうして困るのよ」
「片付ける問題が多すぎるからです」
その言葉で、僕は悟った。僕が懸念していたことは杞憂ではなかったのだ。
「ミスタージャクソン、それは主に彼女の仕事に関することですよね?」
「もちろんそうだよ。それに君がアメリカに来るとしてもたくさんあるだろう?」
「そうですね」
「まあそれもだが、そもそも、君にプロポーズを受ける気があるのかどうかが重要でね。……彼にとっては国を超えて移住するという事だ。家族や友人を捨てて」
と言いながら、彼はジョーイを見た。
「あ……」
ジョーイの瞳が揺れる。
「そこまでジュン君の人生を引き受けるつもりで言ったんですか? 結婚してほしい、と」
「……考えてませんでした、ミスタージャクソン」
彼女はうつむいて言葉を無くしてしまった。深い溜息をミスタージャクソンがついた。彼女をフォローしようと、思わず口から言葉が出た。
「お互いの気持ちは、確認しました。でも僕も、踏ん切りがつかなくて」
「それが普通ですよ」
ぽろぽろとジョーイの目から涙がこぼれ始めた。ハンカチがなくて、僕は取り込んだばかりのタオルを渡す。
「……折衷案を取られてはどうでしょう。ジョーイさんはまたレコーディングが始まる。その期間彼をコーラスとして雇い、それで一緒にいて大丈夫かどうか試すというのは? もし、ジュン君がOKすればの話ですが」
しばらくの沈黙。
「……ジュン、仕事としてオファーするから、来てみてくれないかな……?」
泣き腫らした目を僕に向けてジョーイが言う。
「わかりました。それまでに僕も行けるようにバイトとかの調整をします」
ミスタージャクソンが電話をかけ始めた。どうやらスケジュールの確認らしい。
「レコーディングが始まるのは来月末からだ。来月初旬に来られる日を教えてくれ。航空機のチケットなどはこちらで準備する」
「ええ、でもそれは……」
「だって、仕事よ? こちらからオファーしたんだもの当たり前よ! ……そうだ、今レコーディングしてる曲でできてるのある? 聴かせて! ちゃんと仕事でこの国に来たって事にしたいから!」
涙を拭いたジョーイは僕に曲を聴かせてとせがんだ。完成している2曲を聴かせる。DJCookieが編曲してくれたものだ。
「こっちはまだデモなんだけど……」
まだ完成には至っていない3曲も聴かせた。
「やっぱりあなたの声は素敵だわ。それに、最初の曲アレンジがカッコいい。このビートを使わせてもらいたいぐらい!」
音楽のことになると目を光らせて元気になるジョーイ。もっと音楽の話もゆっくりできたらいいのに。それはきっと、向こうに行けば叶う。
「連絡してね? 正式に会社からメールも送るから」
「うん。それまでに行けるように準備しておくよ」
あとひと月半で、僕はアメリカに発つことになりそうだ。
何度もおやすみを頂いてすみません、とジンオーナーに頭を下げ、先輩たちにも報告をし、頑張って来いと言ってもらって、Cookieさんにもアメリカでコーラスの仕事をしてきます、と告げた。
「時間があったら、ネットでやり取りしたいんですが」
とアルバムのことについて話すと、
「おう、向こうに行ったらまたアイディアも沸くだろうから、落ち着いたら連絡して来い」
「ありがとうございます!」
「どのぐらい行くんだ?」
「半年から、一年です」
「長いな。きっといい経験になる。頑張って来いよ」
これは餞別だ、と新しいミックスCDをもらった。日本のアーティスト縛りで作ったんだそうだ。
「ホームシックになったら聴くといい。近いうちに色んなところにアップするから好きな場所で聴けるぞ」
その夜に僕はアメリカに飛んだ。
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