再渡米

1/2
前へ
/24ページ
次へ

再渡米

 空港に降り立つと、待ち合わせに指定された場所へ向かう。きょろきょろしていると、ゆっくりと僕に向かって手を振る人がいる。 「ミスタージャクソン! お迎えありがとうございます」 「ジュン、よく来たな」 「今日は、ジョーイの側にいなくてもいいんですか?」 「今日は非番なんだ。それに、君を知ってるのは俺だけだしな。知らない奴よりいいだろう?」 「はい、安心しました!」  ハイウェイを通って、警備員のいる大きな門をくぐった。 「ここが、彼女が住む家だ」  大邸宅。20歳そこそこのジョーイが自分の力で手にした家。規模が違い過ぎるよ。 「ゲストルームはあっち……なんだが、どうしても彼女は隣の部屋を君の居室にしたいらしい」  ふう、と溜息をついてミスタージャクソンが廊下を右に折れた。 「ここが、これから君の部屋だ」  ガチャリと大きな扉を開けると、広い部屋が広がった。僕の一人暮らしの部屋の、4倍……いや5倍はありそうだ。 「広すぎやしませんか……?」 「快適に過ごしてもらいたいらしいからな。いつもは家族が来た時に泊まる部屋だよ。そして、この扉を開けると」  軽くスルリとドアが開く。 「ジョーイの部屋になってる。配偶者として一緒にいられるかのお試しでもあるから、側にいて彼女と過ごしてみることだ」  そうだ、コーラスとしてだけここに来たんじゃなくて、ずっとジョーイといられるかどうかの確認も兼ねているんだ。  僕は少し緊張し始めていた。 「はいこれ、君がコーラスを入れる予定の曲。きちんと聴いておいて。プレイヤーや機材も奥に準備してあるから。パソコンも自由に使ってね」  女性がやってきて、僕に説明する。その人は黒髪のくるくるの大きなパーマヘアを揺らして笑顔で微笑んだ。 「あ、名前まだだったわね、私はアメリア。ジョーイのマネージャーの一人よ。よろしく」 「ジュン・キムラです。よろしくお願いします」 「……ジョーイが好きになったのが解ったわ。あなた、多分……おっと、後は本人から聞いてね」 「え? 何ですか?」  気になるなあ。一体何だろう。  時差ボケがきつくて、僕は渡された曲を聴きながら、ソファでウトウトしていた。 「ジュンっ!」  僕の身体の上に柔らかい重みを感じる。知っている感触。反射的にギュッと掴まえた。 「……うーん……」 「来てくれたのね、嬉しい……!」  耳元で僕の大好きな声がする。ジョーイだと気づいて、パチッと目が覚めた。 「ジョーイ……!」 「起きた?」 「うん、一発で目が覚めた!」 「このひと月半、離れてるのが辛かった……」  僕を見てジョーイが目を潤ませる。僕も同じだった。何年も離れていたのに、好きだと気づいてしまってからは、たったひと月ちょっとが辛かった。  今大好きな人がここにいるのだと確かめるようなキス。  君がいないと僕はダメになる。  どうしよう。  こんな気持ちになるなんて。  アメリカに出発する前にレンさんと話したのを思い出した。 「ジュン、前も言ったけどさ、いい歌を歌いたいなら、しっかり恋愛しとけよ? 人を本気で好きになったことが無い奴の声は、薄っぺらいんだ。大好きな女の子を死ぬほど好きになってみるのも悪くないぞ」  レンさんは明日ライブだから、と度数の低いビールを飲んでいる。骨ばったレンさんの手がジョッキを下ろした。 「レンさんはそういう恋をしたことあるんですか?」 「……俺の声を聴いてどう思う?」 「……僕はレンさんの声は色気のある声だってずっと思ってました」 「はははは、ありがとうジュン! 俺の声に色気があるかどうかはわからないけど、死ぬほど好きになった人はいるよ」 「その方は今どうされているんですか?」  不躾だけど、レンさんの恋の話を聞きたかった。僕は2杯目のビールを頼んだ。 「ああ……もうね、いないんだ」 「え?」 「この世には、いない」  レンさんは懐かしそうな表情をして遠くを見つめた。 「レンさん、すみません、余計な事を訊いて!」  僕は青ざめ、謝るしかできなかった。 「いいんだよ。別れたのはもう昔のことだしね。事故で亡くなったのは風の噂で聞いたんだ」  ちょうどレンさんがデビューするかしないかで悩んでいた頃だという。  遠くから視線を戻し、じっと僕を見てレンさんは言った。 「ただ俺から言えるのは、後悔しないようにしておけよってこと。人生は何があるかわからないから。つまらないプライドで愛する人を逃すなよ?」  ――つまらないプライドで愛する人を逃すな。  その言葉は、心に刺さり、いつまでも僕の頭の中で響いている。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加