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それから僕は、ジョーイとほぼ生活を共にした。レコーディングにも一緒に行ったし、オフの日はのんびり過ごしたりした。
「一緒にショッピング行きたい!」
脚をジタバタさせながらジョーイが言う。
「君レベルになると、貸し切りじゃないとマズいんじゃないの?」
「ジュンと普通に買い物してデートしたいのに! マネージャーに頼んでくる!!」
「無理言わないで、ジョーイ」
レコーディングのストレスが溜まり、我が儘を言いだす彼女をなだめるのも今は僕の役割だ。
「結婚すれば、こんな思いしなくてもいいのに!!」
ジョーイがクッションをバンバンと叩いて振り回す。
「君はまだ22歳だろ? 慌てて僕に決めて結婚しなくてもいいんだよ」
「……ジュン、何でそんな悲しいこと言うの? バカ! ジュンのバカ!!」
クッションを投げつけられる。
「今こうして一緒にいるのは幸せじゃないの? 僕は幸せなのに」
ジョーイの動きが止まった。
「そうだよね、ごめん……」
うつむいてぽろぽろと涙をこぼし始める。いつも彼女の涙は一粒一粒が大きい。
「普通の女の子みたいに、デート、してみたかったの……」
僕はジョーイの側に行って、そっと彼女の背中に腕を回した。一粒ずつ涙を吸い取る。
「いつか、デートしよう。もっと大人になってるかもしれないけど、いつかきっと」
ただ、好きな男とデートがしたい。そんな事も叶わないジョーイ。その代わりに得たものもたくさんあるのだろうけど、その価値を理解するには彼女は若すぎて、そして僕も彼女を取り巻くものがどの程度の大きさなのか、きっと理解していない――。
部屋の電話が鳴る。
「出たくない。ジュン、代わりに出て」
ジョーイがまだ泣き声で拗ねる。
「仕方ないなあ……もしもし」
僕は受話器を上げた。
「スマホにかけたけど出ないから、こっちにかけたよ。いい感じのアレンジができたから、スタジオに来てほしい」
プロデューサーからの電話だ。夜中だけれど、こんな電話も当たり前にかかってくる。なぜなら、アルバムの制作が予定よりも遅れているからだ。
「わかりました、ジョーイさんにお伝えします」
僕は殆どマネージャーみたいな立場になっていて、ちょっと笑ってしまう。
「ジョーイ、行こう。プロデューサーがお呼びだよ」
「さっき帰ってきたばっかりなのに! やだ! 今日は行かない!!」
部屋をノックする音が聞こえる。
「入るわよ?」
マネージャーのアメリアさんだった。
「さっき電話があったでしょ? ジョーイ、スタジオに行きましょう」
「いや! 今日はもう歌えない!」
「そういう訳にはいかないの。あなたがアレンジにケチをつけたからこうなったんでしょう? 皆あなたのアルバムの為に頑張っているのよ?」
「だって、いいと思わないバッキングで歌えないじゃない」
「そうよ。だからプロデューサーも頑張ってる。今度はあなたの番よ」
強く言い返されて何も言えないジョーイは、おとなしくアメリアさんの後をついて行った。僕も慌てて追いかけ、同行する。
プロのアルバムづくりは大変だ。
レコーディング一つとってもたくさんの人とお金が動く。レコーディングスタジオを押さえるのだって大変なはずだ。広報だってずれ込めば売れるものも売れなくなる可能性だってある。きっと予定が押せば押すほど経費がかさみ、タイミングが悪くなるのだ。
これだけ売れてしまうと、音楽を作りたい時に作るなんてできにくいんだろうな。前を歩くジョーイの小さな背中を見ながら、僕は自分のアルバムを気ままに作っていることが実はとても幸せなことなんだと知った。
車に揺られていると、スマホが鳴る。DJCookieさんからだった。
「もしもし! お久しぶりですCookieさん!」
「まだ起きてたか?」
「大丈夫です、まだ夜の10時半なので」
ジョーイが僕をつついて、誰?と訊いてくる。
「僕のプロデューサー」
「ああ、前言ってたDJさんね!」
こそこそと話してすぐに電話に戻る。
「それなら良かった。お前、今話して大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です。レコーディングに呼ばれてますが、僕の出番はなさそうなので」
「おう、そうか。送ってくれた曲なんだけどさ……」
電話はアルバムに入る曲のアレンジのことだった。直接話さないとニュアンスが伝わらないからな、と言われる。確かにそうで、細かい話はやはり話した方が伝わる。
車を降りてスタジオに入ると早速ジョーイのプロデューサーが音楽を流し始めた。
さすがに発売前に音源が漏れてはマズい。慌てて僕は廊下に出る。
最近の日本の様子などを聞いて、懐かしさを覚えた。
……もう、ここに来て3か月経つんだっけ。
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