音楽と僕と君

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音楽と僕と君

 ジョーイが廊下に出てきて、僕の肩をちょんちょんとつつく。 「Cookieさん、ちょっと待ってください」  スマホの下の方を押さえて、ジョーイに返事をする。 「どうした?」 「ねえ、まだあなたのプロデューサーと話してるの?」 「うん、そうだけど」 「あのね、その人に来てもらうのって可能かな?」 「え? どういう事?」 「ジュンのアルバムに入る曲のアレンジが好きなんだよね。だから今やってる曲を一度見てもらいたいの」 「ちょ、ちょっと待って!」  話が急すぎるけど、DJCookieの音楽は知られてほしい。 「Cookieさん、すみません、いきなりでびっくりされるかもしれないんですけど…‥」 「はあ⁈ 俺がジョーイ・ワトキンスの曲をアレンジするだって? お前、今ジョーイのレコーディングに参加してんの⁈」 「はい、そうなんです。Cookieさんがアレンジした僕の曲をすごく気に入ったみたいで」 「マジかよ! 聴かせたのか⁈」 「はい、シングルカットするならこれだなと言っていた、Seven2Sevenです。それ聴いてコーラス決めてもらったようなものなので」  またジョーイが僕をつつく。 「私レコーディングに戻るけど、必ず呼んで! 直接会って話がしたいの」 「来てもらうならすぐに?」 「もちろん! 飛行機のチケットもすぐに準備させるよ!」  横からそう言って彼女は防音の効いた重たい扉の向こうに消えた。 「Cookieさん、航空券準備するからすぐ来てほしいって言ってます」 「……わかった、クラブの店長と調整してみるよ。ええと、そっちは今、夜だろ? だったら、朝メールで確認できるようにしとくから」 「ありがとうございます! Cookieさん、詳しい事は僕からもメールしますので!」 「なんだか冗談みたいだよ、信じられねぇ」 「僕もです! Cookieさんと一緒に仕事ができるなんて!」  僕らは笑いながら電話を終了した。  DJCookieさんは3日後にやってきた。 「俺英語喋れねーけどどうにかなるのかな」 「うーんと、僕ができるだけ訳しますし、音楽の言葉って共通語ですから」 「頼むぜ」  DJCookieさんは早速アレンジの決まらない曲を聴いてほしいと、ジョーイにすぐに連れて行かれた。 「あなたがDJCookieね! いつもジュンから聞いてるわ! あなたの曲のアレンジがとても好きなの。良い曲を作りたいので、よろしくお願いします」  ジョーイは高名なプロデューサーに対する態度と変わりなく、Cookieさんに頭を下げ挨拶をした。  曲を聴いて唸るCookieさん。 「アレンジはこれでいいと思うんだけど、何が足りないんだろうな」  何かが足りないと皆が感じているけれど、それが何なのかがわからない。決め手に欠けるばかりに、その曲のレコーディングは難航していた。  僕はその曲には参加しないので、通訳のみだったのだが、Cookieさんが空き時間にお前のアルバムも進めよう、と言ってくれたので話をしていた時のことだった。 「ジュン、ちょっとここ歌ってみてくれないか」  ジョーイの曲のフレーズを繰り返して流してあるのに合わせて、僕は歌った。 「ああ……そういう事か。これ、アレンジの問題じゃないぜ、多分」 「え?」 「ジョーイとプロデューサーの所へ連れて行ってくれ。この曲の突破口が見つかった」  慌ててCookieさんとレコーディングルームに向かう。  コンソールの前で難しい顔をしているジョーイや関係者に声を掛けた。 「DJCookieから提案があるそうです」 「何?」  ジョーイの目が光った。プロデューサーは訝しげな顔をしている。  Cookieさんが口を開いた。 「これ、デュエットにしたら、雰囲気変わるし、映えますよ。ジュンに歌わせてください」 「え? Cookieさん、それ僕が言うんですか?」 「早く訳せよ」  Cookieさんが急かす。 「何? DJCookieは何て言ってるのジュン?」  言いづらいけど言うしかない。僕はおずおずと口を開いた。 「デュエットにしたら、雰囲気が変わって、映えると」 「ジュンとね」  Cookieさんが僕を指して強調した。 「二人で歌うの?」 「多分歌詞はそれほど変えなくていいと思う。アレンジも。ただ二人で歌ってみてほしい」  それを訳すと、なるほど、とプロデューサーが膝を打った。 「ジュン君、この曲もう何度も聴いたし覚えてるよな?」 「はい」 「ちょっと待っててくれよ……」  プロデューサーは楽譜に何か書きだした。 「ここと、ここと……ここだ!」  大きく丸で囲んでいる。 「ここを君が歌ってくれ、他はジョーイが歌う。この部分は一緒に」  その場で数回声を合わせると、早速ジョーイと僕はレコーディングブースに放り込まれた。エンジニアスタッフがバタバタと動き始めた。 「試しでいいから、やってみてくれ!」  曲が流れ始める。  僕とジョーイは突然のことに驚きながらも、一緒に歌えるのが嬉しくて、笑顔で歌い終えた。  ガラスの向こう側のプロデューサーもCookieさんも笑顔だ。 「OK! いい感じだ、これで行くから、もう一度歌って!」 「いきなりレコーディングですか⁈」 「そうだよ、この曲の時間はもう無いんだ」  笑いながらプロデューサーがそう言った。  歌い終えた時に、プロデューサーが手を差し出し、Cookieさんと固く握手しているのが見えた。
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