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「……素敵! ジュン、次はデュエットしようよ!」
「好きな曲はある?」
「知ってるかな、Just The Two Of Usっていうの」
「あー、わかるよ、カバーの方だよね」
「そうそう」
彼女がこういう跳ねたリズムのR&Bを歌うなんて想像できなかったな。僕が彼女の曲を聴き込んでいるからか、歌の癖を拾って合わせるのがスムーズにできた。
ハモった時ってどうしてこんなに気持ちいいんだろう。一人で歌うのも好きだけれど、こうして声が重なり合った時の美しさに、僕はいつも心がときめく。ジョーイと目が合う。楽しそうに歌う様子は、普通の20歳の女の子だった。
「さすがプロのコーラスね。歌いやすいようにしてくれるなんて」
「ジョーイが上手いだけだよ。僕はそれに合わせただけ」
「違うよ。ジュンじゃなければ、私はこの曲をこんな風に歌えなかった。私はR&Bが好きだけど、上手く歌えるかといったらそうじゃないもの」
真剣な顔でジョーイが言う。
「ジュン、どうしてあなたはこんなに歌のスキルと表現力を持っているのにソロデビューしていないの?」
僕はきっと困った表情をしていたと思う。
「うーん……アメリカと同じだよ。もっと上手い人や業界にコネがある人は山ほどいるから」
歌っている時の笑顔から一転、とても悲しそうな顔を彼女はした。
「神様は不公平よ。私なんかが歌姫とか言われるのに、人を上手く歌わせることすらできるジュンがデビューすらままならないなんて」
「ありがとう。僕なりに頑張ってるから大丈夫だよ」
「納得がいかないわ」
僕は笑顔で返事をしたけれど、ジョーイは腕を組んでむくれている。
時計を見ると、午前一時をゆうに回っていた。
「ジョーイ、睡眠不足は声に響くよ。僕はもう部屋に帰る。お互い明日いいライブにしよう」
「え? ジュン、一緒にベッドで寝てくれないの?」
「待ってくれよ、僕は君の恋人じゃないんだ」
さっき言ったことが全く通じてないみたいで頭が痛くなる。
「じゃあ、明日なら、泊まってくれる?」
「君は明後日もライブだろ? 無茶言わないで。また明日会おう。ライブが終わったら」
「終わったら、すぐ会える?」
「打ち上げとかが終わったらね。じゃあ、おやすみ」
ソファーにぺたんと座ったジョーイに挨拶をして、僕はドアを出ようとした。
「ジュン! 待って…‥」
裸足になった彼女が近づいてくる。
「おやすみのキスだけ、してほしい……」
消え入りそうな声でそう言った。アメリカって親が子供にそうするんだっけ。
「ジョーイ、おやすみ。いい夢見てね」
僕は、ジョーイの両肩をそっと持って、おでこにキスをした。
ドアを開けるとボディーガードのミスタージャクソンがいた。
「もう合唱の時間は終わったのか? 歌声でプロだってわかったよ。エージェントも確認した。疑って悪かったな」
「ミスタージャクソン、彼、昔の知り合いだったの!」
「え?」
「ネット上の友達だったの! 顔を知らなかったからわからなかったんだけど。明日も歌いに来てくれるから、その時は通してね」
ミスタージャクソンは、ほんとかよ、という顔をしていたが、業界の人間で昔からの知り合いだと言われたら断る理由も見つからないらしく、
「了解しました」
とだけ答え、
「ビル・ウィザースやグローヴァー・ワシントン・Jr.を知ってる奴なら、まあ信用してもいいだろう」
と僕を見て言った。
「ありがとう、ミスタージャクソン。おやすみなさい」
じゃあおやすみ、と今度こそ最後の挨拶をジョーイにして僕は自室に戻った。
信じられないようなことが起きた。
――あのジョーイと出逢って、一緒に歌を歌ったなんて!!
その喜びが僕を満たしていたけれど、それと同時にスターの孤独というものを目の当たりにして、彼女をかわいそうに思う自分もいた。
普通に友達と会って笑い合う事も出来ないんだな。簡単に彼氏も作れないだろう。自分に好意を持つ男とかりそめに慰め合ってもそれは仕方ない事なのかもしれないな。おやすみのキスの代わりに身体を重ねるなんて、僕には理解できないけれど。
僕はシャワーを浴びて、ベッドに寝転がると、今日の出来事に少し疲れたのか、すぐに眠気が襲ってきた。
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