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今すぐに来て
翌日のライブはとても上手くいった。全体のライブ自体も、僕のコーラスも。昨日ジョーイと歌った時に気を付けたことがライブで役に立ったのだ。今夜彼女にお礼を言わなくちゃ。
「ジュン君、今日の4曲目すごく良かったわよ。この調子でお願いするわね」
スミカ先輩がポン、と肩を叩いてきた。
「あ、はい…‥ありがとうございます!」
スミカ先輩がずっと指摘していた曲。こういう事だったんだ。意味もなく注意されていた訳じゃなかった。コーラスを仕事にしている人がどこまで考えて合わせているのかを知ることができた気がした。
「ジュ~ン! 今日メッチャ声に艶があって良かったぞー! なんか良いことでもあったのか」
レンさんも声を掛けてくれた。ちょっとドキッとしてしまう。ジョーイに会ったなんて言えるわけがない。
「え? ほんとですか⁈ 嬉しいなあ~!」
「うん。上達してるよほんと。今日は打ち上げたくさん飲もうな! ……ってジュンはアメリカで飲めるんだっけか?」
「ギリギリで飲めるんですけど、疲れたので控えめにしときます」
「ならたくさん食うしかないな!」
笑いながら皆で会場を後にした。
”僕のライブはとても上手くいったよ。ジョーイはどうだった? 今打ち上げに来てるから、たらふく食べます。また後でね”
友達に送るみたいに僕はジョーイにメッセージを送った。
今日はライブ会場からホテルまでの間にある日本料理店で打ち上げだ。久しぶりの懐かしい味に何だかホッとする。
一時間ほどしてブルブルとスマホが鳴った。
”今すぐ来て”
彼女の方がライブが早く終わったのだろうか? まだ一時間しか経ってないのに先に帰ります、は言えないんだよなあ。僕は下っ端だし。
”ちょっと無理かも”
”約束したじゃん!嘘つき!”
困ったなあ。
「ちょっとトイレ行ってきます」
「おー、食い過ぎたかぁ、しっかりキバって来いよ!」
「レン君酔いすぎ!!」
先輩たちが大笑いしながら話すのを背中に、僕はトイレに急いだ。
僕が電話をかけると、ワンコールでジョーイは出た。
「ジョーイ、僕だよ、ジュンだ」
「ジュン、まだ来れないの?」
メッセージの勢いとは裏腹に弱々しい声だ。
「どうした? 何かあった?」
「ライブ、全然ダメでっ……」
その後は泣いて言葉になっていなかった。
「わかった。何とかして行くから」
電話を切ったものの、どう言えば帰れるだろうか。腹痛のせいにするしかないか。
「先輩方、すみません、お腹が痛くて、先に帰ってもいいでしょうか?」
「え? どうした食べ過ぎか?」
「そうみたいです、あと、今日思ったよりも緊張してたみたいで」
「仕方ないね、明日は移動でそのままライブだし、体調が大事だから帰りなさい」
スミカ先輩が帰るように言ってくれた。助かった!
「じゃあ、一緒にタクシー拾ってやろう」
レンさんが道まで出てくれた。
「……ジュン、お前も隅に置けないなあ」
「え?」
「彼女でも来てるんだろ、ここに」
「あ、あの……」
しどろもどろになる僕を無視してレンさんは続けた。
「俺さ、人の歌声聴くと、心理状態がわかるっていう特技があるんだよね。特に恋をしてる奴の声はすぐにわかる」
タクシーが来ると、レンさんがホテルの名前を告げ、僕に5ドル札二枚を握らせた。
「ジュン! 恋はちゃんとしとけよ。したらしただけいい声になるから」
レンさんは笑顔でそう言って僕をタクシーに押し込む。
「えっ、あ、レンさ……」
僕が何か言い訳を言う前に、タクシーのドアがバタンと閉められた。
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