報告書

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「お友達とけんかした時にうまく表現できず、手が出ることがあります」 「質問した時に、答えではなく質問を繰り返すことがあります」 「ダメ、の言葉に過剰反応して、その場から走って逃げて、部屋の隅で泣きながら自分の頭を激しく叩くことがあります」  私は書く手を止めて、深いため息をついた。  あかりが療育に行くための現況報告は半年に一回届く。そこに私は、自分の娘ができないことを書いていく。  なんてやるせない作業だろう。  娘のあかりは、言葉の発達が遅い。三歳児検診で病院を紹介され、療育に行くことを勧められた。聞きなれない言葉に戸惑っているうちに細かい手続きを経て、療育に通うようになった。  そこでは、集団生活をメインとする保育園と違って、子供に対する先生の人数が多く、いろんな遊びから手や口の訓練などしてくれる。少人数なのであかりのように支援が必要な子供を細やかに見てくれる。ありがたい福祉制度だ。  ただ、そういった支援があるから普通の子と同じになるかと言えば、そうではない。支援は治療ではないのだ。  今日保育園にお迎えに行った時、あかりはトイレに行っていた。待っていると、あかりと同じクラスの女の子が私に話しかけてきた。 「あかりちゃんのおかあさんだ」  私はとっさに笑顔を張りつけた。 「そうだよ、よくわかったね」  あなたは文章で話せるのね、と内心思った。 「きょうね、あかりちゃんとおままごとしたの。わたしがおかあさんであかりちゃんがこども、みきちゃんはねこちゃん。  みきちゃん、ねこみたいににゃあにゃあいうのがじょうずなんだ。たのしかったよ」  身振り手振りをつけて話し、にっこり笑う。  ああ、同じ年齢の子はこんなに話せるんだ。「そう」と答えるのがせいいっぱいだった。  「もっと大変な子もいるんだから」と自分を励まそうとする時もある。だけどその子に対してそんな風に思うことが申し訳ないし、あかりを人と比べ、優劣をつける自分が嫌になる。  一方で普通の子の親はこんな悩み、考えすらしないだろうと思うと、ひどく妬ましくなる。 ――ああ、私がもっと丈夫に産んでいればよかった。
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