あかり

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あかり

「まま!」  あかりが走ってきた。靴に履き替えさせて「先生にさようならは?」とうながすと、何を思ったのか急に走り出した。 「あかり!」  荷物を持って追いかける。今しがた別の親子が園の門を開けたところで、小柄なあかりはその隙間を走り抜けた。  私は必死に追いかけた。「すみません!」と門を通る。あかりが走っていくその向こうには、送迎用の駐車場がある。 「こら! あかりー! 止まりなさい!」  なりふり構わず大きな声をあげ、なんとか追いつく。あかりの手を引っ張って止める。はぁはぁと息を切らした私に構わず、あかりはそっぽを向いて大きな声をあげた。 「みきちゃ、ばっばーい」  赤い車が道路に出ていく、その後部座席から女の子があかりに手を振っていた。  あの子にお別れを言いたかったんだ、とわかったけれど。   「あかり! 急に走ったら危ないでしょ!」 「やー!」  あかりは手をブンブンをふって振りほどこうとする。ああ、この注意も何度目だろう。目を見て言って聞かせても、響いていない気がする。なにか、言葉の通じないぬいぐるみでも相手にしているような錯覚にとらわれる。  可愛い我が子なのに、むなしくなる。 「あかり、おててつないでちょうだい!」  怒鳴って無理矢理、手をつなぎ直した。視界の隅で、すれ違った保護者が私を見た気がした。 ――危ないわね、親がちゃんと手をつないでないからそうなるのよ。  そんな風に自分で捏造(ねつぞう)した声が聞こえた気がして、私は勝手に傷ついた。 「うわぁああん!」  あかりが泣き出す。仕事の疲れと、これからの家事を思い浮かべて、半分うんざりしながら「ごめんね」と声をかけた。抵抗するあかりを無理矢理抱きかかえて車のドアを開ける。 「やぁあ!」  チャイルドシートに座らせようとすると、体をのけぞらせた。年々力が強くなっている。 「いい加減にして!」  どうにかベルトをはめて、泣きそうになりながら私はエンジンをかけた。  後ろで泣くあかりの声が響く。窓は閉めているのに、車外まで響くんじゃないかとどきどきする。世界中から「お前もお前の子もダメな人間だ」と、責める視線が突き刺さるんじゃないか。そんな被害妄想が頭を占めていく。  ああ、もう、どこかに消えてしまいたい。
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