あかり

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 思い出した私は、またため息をついた。報告書は3分の2くらい埋まったところか。早くこんな作業終わらせたいけれど、これっていつまで続くのだろう。  あかりは再来年で小学校に入る。できれば普通学級に入りたいところだけれど、どうなるかわからない。発達の遅れもあるし、気分屋だから集団生活は難しいのかも。  来年の夏は教育委員会の面談があると聞いた。支援学級がいいかどうか、そこで判断されるらしい。  そもそも放課後も、学童に入れなかったらどうしよう。フルタイムで小学校終わりに 鍵を持たせる? まだ小さいのに留守番? 無理だ。  かといって、周りにも頼れない。私の実の両親は車で20分の距離に住んでいるがそれぞれまだ仕事をしているし、夫の両親は遠方にいる。  進級・進学するたびに不安がつきまとうのだろうか。  あかりは――自立した大人になれるのだろうか。  ボールペンを握ったまま、報告書のそこから先が埋まらない。  目の前が暗くなってきた。  その時。 「ままー」  リビングにあかりが戻ってきた。あかりを風呂に入れるのは夫の役割で、その間私はつかの間一人になれる。だけどその時間も終わりだ。  私の横にきたあかりからは、シャンプーのいい香りがした。 「お風呂、気持ちよかった?」 「おふろ、きもちかった」  少し語尾が下がって、ただの繰り返しではなく肯定の意味で話しているとわかった。でも。 「保育園、どうだった?」 「ほいくえ、どうだった……」  次の質問は繰り返される。自信なさげに、語尾が小さくなる。意味がわかっていないのだろう。保育園でままごとのことを話したあの子のように、あかりはまだ、自分で言葉を紡ぎ出すのは難しい。  はぁ、と息を吐く。  また私は、報告書の続きに戻ろうとしたけれど。  あかりが急に、私の手首をにぎった。ぐいぐい、と引っ張る。 「どうしたの、あかり」 「まま、おちゅきさまー」  娘は玄関の方向を指さした。  ……「お月様」?
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