明日、地球が滅亡する①

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

明日、地球が滅亡する①

西暦二XXX年。 科学技術の著しい進歩により、職業や作業の殆どをAI搭載のロボットが担うようになった。 ロボットの活躍範囲は国の政治から、電気や水道の供給、食料の生産、公共交通機関の運転、店舗の運営、学校教育、家事育児と多岐にわたる。 ただひとつだけ、人間が大半を占めているものと言えば芸術や創作の分野だろうか。AIはいくつものデータから作品を作り出すことは出来ても、無から何かを作るのは苦手らしい。 私は人間にしか出来ない仕事がやりたい、そう思って作曲家を志した。音楽界で大村響悟(おおむらきょうご)の名を知らないものはいない……とまでは行かないが、都会の大きなホールを貸し切ってコンサートを開いたりなんかもした。 とはいえ現代では私のように働いている人はニホンの人口の二割にも満たないのでは無いだろうか。 働きたい人は自由に働き、休みたい人は休む、遊びたい人は遊ぶ…個人の生き方や自由性が尊重され、地球は今や楽園となっていた。 ある日の昼下がりのこと。ぼんやりしながらドラマを鑑賞しているといきなり画面が切り替わり、若い男性アナウンサーがニュースを読み上げた。 「緊急速報です。政府は先程、突如現れた巨大隕石が地球に衝突すると発表しました」 「へぇ…隕石がねぇ」 「隕石の直径は地球の約二倍とされており、衝突はすなわち地球滅亡を意味します。回避確率は0パーセントであるとのデータも出ているため、免れない事態と言って良いでしょう。隕石衝突はニホン時間の明日二十三時三十分です」 このように至急伝達する必要のある情報は、ロボットに指示を出して読ませるよりも人間の方が随分と早いらしい。 どれだけ技術が進歩していてもこういう所はアナログなんだなと思う。 アナウンサーは人類滅亡だというのに顔色ひとつ変えず、真っ直ぐとした声色でニュースを読み上げていく。 画面がトウキョウの画像に切り替わった。ドローンで撮影した映像は上空の固定カメラとは違い、人々のリアルな表情を映し出す。 我先にと駅に向かう人も居ればその場で泣き崩れる人、今にも倒れそうな青い顔でふらふらと街を歩いている人もいて阿鼻叫喚と化していた。 ドローンが自動で小型マイクを取り出すと、アナウンサーがその場に居た子連れの女性に街頭インタビューを始める。 「XYZニュースのものです、リモートインタビュー失礼します。地球滅亡との事ですが、どのようなお気持ちですか」 「……どうしたらいいんですかねぇ」 彼女は顔を真っ青にし涙を零しながらも質問に答えていたが、最期は家族と過ごします、とインタビューを終えた。 その後もニュースを眺めていたものの、慌てふためく人たちと、落ち着き払ってまるでロボットのように淡々と報道を続けるアナウンサーの対比がなんだか滑稽で思わず吹き出してしまった。 ……、地球の危機だというのに笑うだなんて、私は罰当たりかな。 テレビを消すとゆっくり目を閉じる。正直私にとってこのニュースは幸運の報せのように思えた。 ――末期癌を患っていた私は、生きれてあと三ヶ月だろうと申告されていたからだ。 健康診断で癌が発見された時にはもう手の施しようがないほど進行していた。まだ五十代だぞ、現役だろう?という心とは裏腹に体は限界を迎えていたらしい。 このまま病におかされて一人寂しく、虚しく一生を終えると思っていたはずなのに。神は最後に私に勇気と希望を与えてくれた。死ぬ時はみんな一緒だ、孤独じゃない、と。 元々音楽とは神に祈りを捧げるためのものだ。地球滅亡を神に感謝しつつ、私は最後の仕事を成し遂げよう、全人類の為の鎮魂歌を書き上げねば。 今から書けば夜までには出来る。そして明日、インターネットを使ったライブ配信で披露するのだ。人類の、そして私自身の葬式のようなものだ。意外と悪くないだろう? 私は死に物狂いで曲を書き上げた。どうせ明日には死ぬのだから癌がどうだとか言ってられない。幸いにもアドレナリンが出ていたのか体調に異変も無く地球最後の日を迎えることが出来た。 ピアノの前にカメラを設置し、パソコンをインターネットに繋ぎ、動画配信サイトにログインする。 「大村響悟、最後のピアノコンサート〜人類への鎮魂歌〜」 題名を打ち込み、配信スタート。後はひたすらピアノに向かって演奏という名の祈りを神に捧げるのみ。 何時間ピアノを弾いていただろうか、ちらりと画面に目をやると、現在二十三時三十分。現在の閲覧数は二百五十人、累計閲覧数は三千人。 コンサートに比べればはるかに人は少ないものの、自分が死ぬ日にわざわざ私の曲を聴こうと、これだけの人が集まってくれたと思うと感慨深いものがある。 あぁ、良い人生だった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!