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それでいいならいいんじゃないかしら?
かくかくしかじか、まるまるうまうま、とげとげぶたぶた
「―――な感じなんすよねぇ」細かいニュアンスが伝わったかどうかはわからないが、日野森さんはわかったような表情をしている。
それとも酔い過ぎてそれっぽい表情になっているだけなのか?
「ハナちゃんが言いたいのは、自分を曲げてまでそのバンドに戻る必要があるのか? ってことよね?」念のため、バンド名は伏せておいた。エターナルアイアンメイデンと言った瞬間に、戻った方が良いと言われかねない。
「はっきり言うわね。私だったら戻らない。戻っても続かない気がするわ」日野森さんはグラスの中のビールを飲み干す。
「―――そうっすか―――」
「ハナちゃん―――」日野森先輩がいつになく真剣な顔をする。仕事中には見せない顔だ(?)。
「はい。なんすか?」ハナはごくりと唾を飲みこむ。その音が日野森先輩に聞こえたのではないかと思った。
「ハナちゃんにとってバンドって何かしら?」バンドって何かしら? ん? 哲学?
「―――私にとってバンドとは。えっと、哲学的にですね―――」ハナはなんとか言葉をひねり出そうとする。その様子を見ていた日野森先輩は首を横に振っている。
「違う、違う、違う、そうじゃ、そうじゃないわ―――違うわ、ハナちゃん!」ハナは一瞬、日野森さんがマーチンのマネをし始めるのかと思ったが違った。
「私にとって演劇は演劇よ。でも、これは私の楽しみとしてのものなの。だから誰かに強制されるものでもないし、叶えたい夢ってわけでもないわ。もうそういう時期は終わっているし―――それを目指して本気で頑張っている人がいるから今更『これが私の夢です!』なんて子供じみたことを言うつもりもないわ」
日野森先輩が少しだけさびしそうな顔をしたが、ハナは気づかないフリをする。
「そういった意味でハナちゃんにとって、バンドとは何?って話なのよ」
ガシャーン すみませーん ざわざわ などといったビアガーデン特有の音が周囲に溢れていたが、ハナの耳には届いていない。ハナの頭が高速回転する。
夢―――なのか? いや、違う。申し訳ないが、もう夢とかいう低い次元ではない。ハナにとって、これは現実の問題なのだ。
だとしたら?
デビューを狙えるウデはある。そこに問題はない、はず。
―――ああ、酔ってきたから思考が大胆かつ都合が良い方向になっている気がする。
では何が問題なんだ?
ハナはふとミズキの言っていた言葉を思い出した。
―――「は? 許されて戻るに決まってんでしょ? あんたが勝手に出ていったんだから」―――
これだ。
これだ。これだ! これだ!!
これが気に喰わないのだ。
要するに私を置いて東京に行ったくせに今更、戻ってこい、許してやる、と言ってくるメンバー、そのものが気に喰わないのだ。ここの認識が違うという、その事自体がもう決定的な原因なのだ。
「日野森先輩! 私、分かりました。バンドは好きだし、人生なんです。でも、戻ることはできません。私、あいつらの事、たぶん嫌いなんすよ。黙っていなくなっておいて、急に戻ってこいってきて。許してやるとか、なんとか! は!? っすよね? なに様っすか? ってかんじですよ」ハナは息継ぎをするかのようにジョッキのビールを一気にあおる。
「っか―――! 美味い!」と、ハナは酒飲み特有の気勢を上げる。他のテーブルのジェントルメンたちに引けをとらない見事な気勢である。
「ハナちゃん、ダメよ。それはおっさんにしか許されないスーパージェントルな雄たけび―――いや、人生という地獄に反抗するための咆哮なのよ!」もはや何を言っているのか意味不明だが、こんな時でも日野森先輩は優雅にジョッキをあおる。
その動作のひとつひとつがちょっとエロいのだが、それがハナには大人の女性感であると感じさせた。
そしてハナは意を決する。
バン! と、テーブルの上に一枚のフライヤーを叩きつけた。
周囲がちょっとだけギョッとなる中、ハナは日野森先輩を真っ直ぐに見つめた。日野森先輩の視線もハナを捉えている。
「先輩! 私、これに出ます!」
日野森先輩はしばらくハナが叩きつけたフライヤーを見つめていた。
ふふふ。と先輩は不敵に笑う。
「それがハナちゃんのやりたいこと―――つまり、答えなら―――それでいいならいいんじゃないかしら?」
「はい! あ、すみませ~ん、生中2つで!」はい! ありがとうございます!
日野森先輩はもう一度フライヤーに目を通す。
「バンドメンバー急募! 腕に自信のあるベーシストを探しています。
オーデション場所:ライブハウス MAKE ME HAPPY!
実施時期 :〇月〇日(■)1900~2100
飛び入り参加の方もお待ちしております。
連絡先:03-〇〇〇〇ー▲▲■■ MAKE ME HAPPY!担当〇〇」
ふ~ん。そうか。こういう結果になったか。
ハナちゃんにも意地があったのね。ふふふ。
「お待たせしました~。生中2つで~す」
ビールがなみなみと注がれたジョッキが2つ、運ばれてきた。
「さぁ、今宵はまだまだこれからっすよ! 先輩!」
「ふふふ。いいわよ」と、日野森先輩は余裕の笑みを浮かべる。
その笑みの理由はのちほどハナは嫌というほど思い知ることになるのだった。
なぜなら、明日は休みではなく、仕事(死事(笑))。
そして日野森先輩は基本的にザル。
翌日、ハナは予想どおりの頭痛と吐き気に苛まれることになるのだが、それは別の話だ。
大人になってからの青春がダメだなんて誰が言った!?
「ハナちゃん夏の陣」編 完
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