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怜子は、自分が用意したお菓子を出し、お茶を淹れた。
「どうぞ、美味しいですよ」
「綺麗ですね、とっても。食べるのがもったいないくらい」
大槻の奥様も目を輝かせる。
大人は、フルーツのたっぷり乗ったタルト、そして、
子供には、大好きなプリンだった。
大槻の奥様は疑わない。心得ているという怜子の言葉を。
そうして、お茶を一口含み、出されたお菓子を食べようとしたその時、
部屋のチャイムが鳴った。
奥様が出迎えに席を立ち、ドアを開けると舞香が立っていた。
「大槻様、失礼します」
「あら舞香さん、どうされました?」
「はい、ご歓談中とのことで、お子様にいつものプレートをと思いまして」
そう言ったタイミングで、茜が頼んでいた品を届けに来た。
「まあ、良かった。ありがとう」
「失礼します」
慌てるそぶりを見せず、自然な所作で部屋へと入る。
すると、一条のお嬢があからさまに不快な顔をして、
「何?今、お茶してるんだけど、邪魔しないでくれる?」
「はい。ですが、お子様にはアレルギーがございますので、こちらでご用意させていただいたものをと思いまして」
茜は、大槻の子供の前にそっとお目当てのプレートを置いた。
子供の瞳がキラリと輝き、テーブルに手をつき飛び跳ねる。
「お待たせしました。坊ちゃま、どうぞ」
それは、大槻家の子供が好きで、いつも頼むプリンだった。
「あー、あのぷりんっ」
「はい。あのプリンです。ごめんなさい、遅くなりましたね。どうぞ」
子供は、飛び跳ねて喜んだ。
舞香は、子供が差し出されたプレートに、気を取られている隙に、
そっと怜子が与えたプリンを、見えないように取り上げた。
それを見た、大槻の奥様は青ざめる。
「それでは、私はこれで失礼いたします。ご歓談中に申し訳ありませんでした。あとは、ごゆっくりどうぞ」
舞香は、綺麗に腰を折り、部屋を後にした。
残された怜子は、怒りに震えていた。
「何?あの女。この前も思ったけど、今回も私にこんな…」
自分勝手な持論を呟いていると、
「怜子さん」
大槻夫人が怜子に冷たく言い放つ。
「あなた、先程『心得ている』っておっしゃったわよね?」
「…ぇ、ええ」
「それは、うちの子のアレルギーの事だと思ってました。でも、違いましたね。うちの子には、玉子アレルギーがあるんです。それなのに…」
大槻夫人の手は、フルフルと震えていた。
それは、子供が食べていたかもしれない恐怖と、
舞香が察して、食べられるように準備してくれた安堵、
そして、考えなく準備してきた怜子に対する怒りで。
「舞香さんのお陰で事なきを得ましたが、怜子さんは、何を心得ていたんです?」
大槻夫人の静かな怒りに、さすがの怜子も事の重大さを理解した。
「すみません。私はただ…」
「もう結構です。怜子さん、お引き止めして申し訳ありませんでした。お忙しいでしょうから、どうぞお帰りください」
大槻の奥様の静かな怒りに、
弁解する余地もなく、怜子はすごすごと退室せざるを得なかった。
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