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嵐が去っていき、事務所には、慧悟と慧慎、そして舞香と支配人が残った。
慧悟は、舞香の頬にそっと触れながら、
「舞香、頬を見せてみろ。少し赤くなってる」
「あの、社長。大丈夫ですから」
「……そうか。大変だったな、舞香」
「いいえ、スタッフが気づいて知らせてくれたんです。おかげで大事にならずにすみました」
「大槻様も、驚かれてましたね」
「はい。でも、食べる前で本当に、良かったです」
舞香が、ホッと安堵していると、
「………で?なんで親父がここにいるんだ?」
慧悟が、苛立ちを隠さず尋ねる。
「すみません。私がお呼びしました。一条のご当主をお呼びしたので、念のために。あっという間に帰られましたが…」
「イライラするな、慧悟。ハゲるぞ?」
「うるさい。用が済んだら帰れ」
「そう言うな。慧悟、今度本家に来い。舞香さんと一緒にだ。舞香さんまた」
そう言って、秘書と一緒に帰っていった。
状況が読めない慧悟は、
「舞香、親父今、何て言った?舞香と本家に来いって言わなかったか?」
鳩豆な慧悟を見て、くすっと舞香は笑う。
「はい、おっしゃいましたね。慧悟さん、私はいつでもお供しますから」
舞香は慧悟に、慧慎が以前、ホテルに来たことは伝えず、それだけ伝えた。
□◆□◆□◆□
夜、舞香は、慧悟の腕に抱かれながら、
未だに納得していない慧悟の話に付き合っていた。
「舞香、親父は舞香の事を知っていたな…。俺、話してないんだが…」
「そうですか。今度、出向いた時に、お父様に聞いたらどうですか?」
「………」
慧悟は、心底嫌そうに眉間にしわを寄せ、舞香をぎゅっと抱きしめた。
「…本家に連れていくということは、あの女とも顔を合わせることになる。舞香が嫌な思いをする場所に、わざわざ行くのは…」
「でも、いずれにしても一度は行かなければ…。避けては通れませんよ?なら、ご機嫌だったお父様が、ご機嫌なうちに伺うのも一つの手ですよ?」
舞香は、自分の腕を慧悟の背中に回し、宥めるように摩る。
すると、慧悟が舞香の身体を、折れるほどに抱き締めてきた。
「………舞香、俺はもう、お前を手放してやれない」
「はい、分かっています。私も、慧悟さんから離れませんから」
「……舞香」
「慧悟さん、大丈夫ですよ。私も一緒ですから」
慧悟は、いつになく不安を零す。
これまで、親の言いなりに生きてきた慧悟。
その習慣が、行動にこびりついているのだ。
結果、親の意思に反する行動をすると、
無意識に、心がやめろと身体を嗜めてくる。
長い年月の習慣は、変えるのに時間がかかる。
慧悟の不安は、そう簡単に払拭できることではなかった。
舞香は、そんな慧悟の心の機微に、黙って寄り添った。
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