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俺が彼を見つけたのは入社式の時だ。
彼の隣にいた奴が真っ青な顔をしていた。
でも俺と彼以外、誰も気付いていない。
彼はすぐにそいつを外に連れ出した。
そして何食わぬ顔して戻ってきた。
それが俺が初めて見た彼だ。
同じ部署になってからも彼を観察してた。
なんでもそつなくこなす、器用貧乏。
飲みに行っても絶対に酔いつぶれない。
常にポーカーフェイスで隙のない人間だった。
今まで出会ったことないタイプだ。
一緒に会社をやろうと誘ったのは、彼と俺が正反対だからだった。
正反対ならお互いの欠点を補い合える。
そう思った。
でも、違いすぎて俺には理解できないことが多かった。
俺は短気で思ったことをすぐに口にしてしまう。
でも彼は全て飲み込んでニコニコ笑ってやがる。
仕事相手にあからさまに舐められてるときも。
なんで怒らない?
と不思議に思った。
そして彼を自分の物にしたい、自分の思い通りにしたい、という欲望がどんどん大きくなっていった。
が、全然思いどおりにならない。
彼の隙はどうしたらできるのか、それを探りたいが為に旅行に誘った。
が、彼は旅行中も彼のままだった。
隙なんてない。
ベッドで抱きついた時もだ。
むしろ俺は彼がバイセクシャルと聞いて動揺した。
その動揺を隠すためにキスしてしまった。
あれは衝動だ。
何故あんなことをしてしまったのか。
旅行から帰ってから、彼のことを意識してしまってる自分に気付いた。
あのキスが忘れられない。
忘れなくては。
そう思って沢山の女性と関係を持った。
が、消えなかった。
これは恋とかいうやつなのかもしれない。
そう自覚しだしてから俺はどんどんネガティブになっていった。
俺が彼を好きになったとして、彼から好かれることなんて万にひとつも考えられない。
ありえない。
手に入らないものなんて今まで一つもなかったのに。
そんな時だった。
彼が女性と歩いてるのを見たのは。
二人は幸せそうだった。
本当に俺には手に入らないもの。
諦めなきゃならない。
諦める?俺が?
そんな葛藤で酒をのみ、彼の家に突撃してしまった。
彼の口から「結婚」という言葉を聞いた時、俺は墜落した。
墜落してもう飛べないと思った。
なんで俺があんな男に。
いや、彼は魅力的だ。
こんな出来損ないの馬鹿を理解して受け入れてくれた。
俺に残ってたのは彼だけだ。
例え叶わなくても、俺は全てを彼にぶつけるべきだ。
そう思った。
そして、俺は逆転サヨナラ満塁ホームランを打った...はずだった。
が、逆転したのは俺と彼の立場だった。
俺は彼に逆らえないし、彼には完全にひれ伏している。
社長としての俺のことを立ててくれるが、家では怒られることばかりだ。
「俺が中国語マスターする方が早いだろうね。」
「はい。そうだと思います。」
「なんで洗濯1つまともにできないかな?」
「すみません。」
俺は家事をやったことがない。
台湾にいったら自分達だけで生活しようということになった。
で、俺は家事を勉強中。
俺には向いてない。
でもできるようにならなきゃ、彼に負担をかけてしまう。
そう思って頑張ってはいる。
「こっちきて。」
彼に呼ばれて隣に座ると抱き締められた。
「なに?」
「鞭打ったから飴。」
「もっと甘いのがいいな。疲れてるから。」
「俺も疲れてる。仕事の後処理とか、台湾の会社との連携とか。」
「そうだよな。ありがとう。」
「あっちいったら休暇もらって羽伸ばそう。」
「あぁ、そうだな。」
「結婚式もちゃんとやろう。」
「え?」
「こじんまりしてていいからさ。」
「ほんとに結婚してくれるの?」
「え?冗談だった?」
「いや、本気だけど。」
「結婚して、養子もらって家族になる。楽しそうだろ。」
家族。
俺には無縁のものだと思ってた。
俺の家は誰もお互いのことを思いやったりしない、形だけの家族だった。
全てを金で補えた。
欲しいものは何でも買ってもらえた。
でも本当に欲しいものは絶対にもらえない。
「お前の親は?何か言ってたか?」
「あぁ、好きにしろって。お前の人生だからって。」
「いい親だな。」
「これからはお前の親でもあるよ。一回連れてこいってさ。」
「俺の親?」
「結婚てそういうもんだろ?家族が増える。幸せなことだ。」
「そこまで考えてなかった。」
「だろうな。お前は昔から突拍子もないことしでかす。でもそのおかげで俺は自分じゃ到底辿り着けない場所に行ける。お前に付いてきてよかったと思ってるよ。」
「お前、俺のことを泣かしたいのか?」
「泣いていいよ。お前はほんとは怒ってるんじゃなくて悲しいんだろ。悲しみを懐に入れたままは苦しいだろ。」
そう言われても俺には泣き方が分からなかった。
もうタイミングを逃してしまったのかもしれない。
彼といると自分に欠けているものが何なのか分かる。
だから未だに俺は彼を抱けないでいた。
彼を抱くのが怖かった。
そういう雰囲気になるのを避けた。
自分の弱さを認めたくなかったんだろう。
本当の意味で相手に心を開くのはとても勇気がいる。
「でも逃げ続けるわけにはいかないだろ。このまま一生、あいつを抱かないままいられるのか?」
そう言ったのは俺の中のもう一人の自分。
時々出てきて全うなことを言う。
「よくそんなんで結婚したいとか言ったな。全く。このままじゃ、お前いつかあいつに捨てられるぞ。」
確かに、愛想つかされても仕方ない。
「死ぬまで側にいたいなら、自分を捨てるべきだ。お前は新しい自分を産み出せる。そしたら俺はもうでてこない。」
自分を捨てる。
過去のトラウマや不必要なもの全部。
捨てられるんだろうか?
「おかえり。風呂入る?もう沸いてるけど。」
彼が出迎えてくれるこの空間が好きだ。
「一緒に入る??」
「え?」
「たまにはいいだろ?うちの浴槽広いし。」
俺は彼の髪を洗った。
「上手いね。彼女たちにもやってあげてた?」
「いや、洗ってもらったことはあるけど。」
「お前王様だもんな。」
「王様って言っても裸の王様だ。俺は親の金がなければただの凡人。」
「そんなことないよ。確かに家事はできないけど。」
「いや、俺はただ幸運だっただけだ。あの家に生まれてなに不自由なく育って。...でも、本当は家族でご飯を食べたり、旅行に出掛けたり、つまらないテレビを見ながら笑ったり、そういう平凡なありふれた幸せが、」
言葉が詰まった。
泣いてるところを彼に見られたくない。
そう思って彼の目を塞いで髪を流した。
「そういう家族になろう。俺たちならなれるよ。」
彼は目を閉じたままそう言った。
俺は顔を洗って彼にキスをした。
「こんな弱い男でいいのか?」
「いいよ、弱くて。俺だって強い訳じゃない。」
「お前は強いよ。」
「いや、強かったらこんなにホッとしてない。」
「え?」
「お前が俺を抱かないから、ほんとは後悔してるのかもって思ってた。」
「そうだったのか。」
「俺は隠すのは上手い。でもそれだけだよ。」
彼は俺の顔に手を添えて誘惑の目で見た。
恐れなど必要なかった。
彼を抱いたとき、俺はようやく孤独から解放されたんだ。
一人じゃないと思えた。
天使の羽に包まれてるような安堵と幸福に満たされた。
もっと早くこうすればよかった。
彼に髪を撫でられながら俺は新しい自分になれる気がしていた。
「なにか新しいことを始めるときには勇気が必要だ。でもそれ以上に、」
「お金?」
「いや、最強の相方。」
「それは言えてる。」
「台湾に言ったら会社作ろう。」
「え?また?」
「やれるだろ、俺らなら。」
「まぁ、できなくはないけど...」
「最初から、お前となら何でもできるって思ってたんだよ。」
1つだけできないことがあるとしたら
I unable another let you go...
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