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彼とはもう6年の付き合いになる。 22歳の時、同じ会社に入って、同じ部署で働いていた。 同期が彼を含めて2人しかいなかったから、よく3人で飲みに行ったりした。 そのうち、1人が結婚して付き合いが悪くなって2人になった。 入社して2年目、彼は上司と揉めて辞めた。 ちゃんと理由を聞けば確実に上司の方が悪い。 でもみんな彼を悪者にした。 俺の悪いとこは正義感が強すぎるところだ。 それは良いところでもあるんだけど、あの時は悪い方に転んだ。 結局俺は彼のことをかばって辞めるはめになった。 まぁ、今から思うと辞めて正解だった気もする。 会社を辞めたことを告げると彼は嬉しそうに笑って、ある提案をした。 「一緒に会社やろう。」 無謀だと思った。 でも彼は俺の目の前に金を積んだ。 そういえば、彼の家は金持ちだった。 資本金はある。 ただ、なんの会社をするのか何も決まってなかった。 不安だらけだ。 でも不安よりワクワクの方が勝った。 俺たちは正直相性がいいとは思えない。 喧嘩するし、喧嘩するし、喧嘩する。 殴り合いもした。 でも翌日、彼はケロッとした顔で俺に話しかけてくる。 最初は腹が立ってたけどもう6年の付き合いにもなると慣れてくる。 俺も引きずらないようになった。 会社はまあまあ上手くいってる。 彼は社交的だし、認めたくないけど男前だ。 女性を虜にするのも早い。 でも何故か特定の相手を作ることはない。 なぜ分かるかというと彼は毎晩酔っぱらっては俺の家に泊まりに来てた。 自分の家には帰らない。 で、俺のベッドを占領する。 我が物顔で俺の家にいる。 まるでジャイアン。 俺のものは彼のもののようになってしまった。 俺自身もいつの間にか彼のものだ。 でも彼は俺に手を出すことはない。 俺を好きだとは言わない。 ただ独占したいだけ。 物みたいなものだ。 3年前、会社が軌道に乗り出した頃、二人で旅行に行った。 美味しいものを食べて飲んでとても楽しい旅だった。 ただ、旅行先でも俺たちは同じ部屋で同じベッドで寝なきゃいけなかった。 「なんで同じ部屋?しかもなんでベッドひとつなの?」 「俺が一人じゃ寝れないから。」 「俺、ソファで寝るからベッドで寝ていいよ。」 「ダメだ。お前もここで寝ろ。社長命令だ。」 俺も酔ってたしめんどくさくなって彼の隣で寝た。 すると後ろから抱き枕のように抱きつかれた。 身動きがとれない。 でも拒否したとこで解放してくれないだろうなと思って考えた。 「言ってなかったけど、俺バイセクシャルなんだよね。」 と嘘をついた。 「え?」 「だから男も女もいける。それでも俺を抱き枕にする?」 これで解放されると思ったら 「都合がいい。」 とキスされた。 普通に長い恋人のキスだった。 「やめろ。」 俺が押しのけると彼は笑って、 「冗談だ。お前なんかに欲情するか。」 と言った。 俺はあの時自分のついた嘘のせいで今日まで苦しめられてきた。 あの時あんな嘘をつかなければ俺は気付かずに済んだのに。 どうしようもなく彼に惹かれてる自分に。 会社を辞めようかと思ったこともあったし、彼と距離を置こうともした。 でも彼がそうさせてくれなかった。 彼の独占欲は人並み外れてた。 お前絶対俺のことすきだろ。 って何度思ったか。 でもその期待を膨らませるだけ自分が傷つくことを知った。 特定の相手はいなかったが、彼の回りにはいつも誰かがいた。 彼は相手にはとことん尽くす。 だから3股、4股できる。 彼女たちはみんな彼を手離さない。 それを間近で見てるから俺は彼に期待なんてしなかった。 俺にも彼女がいた時期があった。 友達に紹介されて何度か会ってる内にそうなった。 彼女はとてもいい子だったし、献身的だった。 こういう子と結婚したら幸せな家庭が築けるだろうな、とも思った。 3ヶ月ほど付き合ったある日、彼にバレた。 たまたまデートしてるところを彼に見られたらしい。 いきなり俺の家に来て、 「何で言わなかった?」 と責められた。 「何でわざわざ言わなきゃいけないわけ?」 「友達だろ。」 「友達でもすべてをさらけ出す必要ないだろ。」 「...そうか。」 「まぁ、結婚が決まったら紹介するよ。」 「結婚?」 「うん。」 「お前、俺を一人にするのか?」 意味が分からなかった。 何を言ってるのか。 でも彼の顔は悲しみに満ちていた。 「一人って、お前の周りには、」 「いない。俺は誰といても一人だ。」 彼はそう言うと立ち去っていった。 あの時の彼の顔が頭から離れない。 俺は彼女と結婚して、幸せな家庭さえ築けば彼から解放されると思ってた。 でもそれは間違いだった。 解放なんてされない。 そんな事実に気付かされてしまった。 気付きたくなかったのに... それからしばらくして俺は彼女に別れを告げた。 彼女を傷つけてしまったことを後悔した。 俺は一人で生きていくことを決めた。 時が過ぎるごとに覚悟が決まったし、達観するようになってきた。 俺は一人でも大丈夫。 彼のものでもない。 俺は俺自身のものだ。 彼の側にいるのも俺自身が決めたこと。 そう思うようになって楽になった。 その頃から彼も少しずつ変わってきた。 女遊びもやめて、酒も飲まなくなった。 俺の家に来ることもなくなった。 その代わり、よく飯に誘ってくるようになった。 二人で外食して、普通に別れる。 今の彼は前の彼より理解不能だ。 何を考えてるのか分からない。 でも、何考えてる?って聞きづらい。 前なら聞けてた。 それは彼が彼じゃなくなってきたからだ。 大人になった、というべきなのか。 それは仕事を見ててもそう思う。 感情的にならなくなった。 それはそれで面白くない。 そんなある日、 「なぁ、旅行行かないか?」 唐突に誘われた。 「え?旅行?」 「会社立ち上げてもうすぐ5年だし。」 「慰安旅行的な?」 「そう。計画は全部こっちで練るから。」 「わかった。いいよ。」 「ありがとう。」 今、ありがとうって言った? 俺は耳を疑った。 彼の口からありがとうを聞いたのは初めてかもしれない。 旅行、は正直あの時のことがあるから乗り気じゃなかったけど。 でもこれはいいきっかけかもしれない。 彼の心境の変化を聞き出すための。 旅行の日程が決まってから、彼は毎日機嫌がよかった。 背中に羽でも生えてるのか?と思うぐらいあからさまに。 しかし旅行当日、俺は取引先のトラブルで待ち合わせの時間にいけなくなった。 これはさすがに怒るかもと思ったが、 「仕方ない。またこっちに着いたら連絡くれ。頼んだぞ。」 とあっさり許された。 変だ。 さすがにおかしい。 彼の元へ向かう飛行機の中でずっとモヤモヤしてた。 もしかしたら彼は俺から離れようとしてるのかもしれない。 今日はそれを告げるためにわざわざ。 会社を俺に譲って、自分は海外にでも行くつもりなのか。 それか、やっと彼にも大切な人ができたのかもしれない。 あっちに着いたら、俺は彼と彼の奥さんになる予定の人に会うことになったり... 俺はちゃんと祝福できるんだろうか。 おめでとうって言えるのか... そんな想像を巡らせてる内に着いた。 帰りたい。 彼に会いたくない。 もう少し心の準備に時間がほしい。 そしたら俺だって... 「おい、こっちだ。」 呼ばれて振り向くと彼は一人だった。 「お疲れ。取引先は大丈夫だったか?」 「...お前、なんなんだよ。」   「え?」 「お前、今まで散々俺のこと繋ぎ止めてきたくせに自分から離れようとするのか?」 俺はこの時、飛行機で飲んだワインのせいでおかしくなってた。 自分でも何言ってるんだと思いながら話してた。 「何言ってる?」 「許さないから。末代まで呪ってやる。」 「落ち着けって、何言ってるか分からない。」 「...ずっと惚れてた。ずっと好きだった。なんなら愛してる。」 そう言って俺は限界を向かえ、意識を失ってしまった、らしい。 目が覚めると頭がガンガンしてた。 ホテルのベッドだ。 彼は心配そうにこっちを見てる。 「大丈夫か?」 「大丈夫なはずない。頭がいたい。」 「お前どんだけワイン飲んだんだよ。」 「覚えてない。てか、ここまで運んでくれたの?」 「脱力した28歳は重すぎる。」 「ごめん、ありがとう。」 「俺の計画丸つぶれ。ほんとは今頃三ツ星レストランでディナーしてるはずだった。予約とるのにめちゃくちゃ苦労したんだぞ。」 「悪かったよ。」 「お前がそこまで酔いつぶれるなんて珍しい。何かあったのかよ。変なこと言ってたし。」 「変なこと...そうだな。変なことだよな。」 「言う相手間違えたんだろ。」 「...間違えてはないよ。ただ、言うタイミングは最低最悪だった。」 俺がそう言うと彼は驚いたのか何も言わなくなった。 「言うつもりもなかった。酒が入ってなかったら言ってないだろうし。でももう後の祭りだな。」 「...お前に末代まで呪われるの嫌だから言うけど、俺はこの旅行でちゃんとケジメつけようって思ってた。」 「ケジメ?」 「そう。前の旅行の時、あんな風にキスしてずっと後悔してた。でもどうやってやり直したらいいか分からなかった。お前は俺なんか好きにならないって思ってたし。だから自暴自棄になって適当に遊んで誤魔化してた。」 自暴自棄? じゃあ全部あの夜のせいってこと? 「お前が結婚して幸せになって、俺のこと捨てたら、俺はまた一人になるのかって考えた。しかも前とは違う。前はそれが当たり前で、当たり前すぎて何も感じなかった。でもお前と出会って知ってしまった。自分を理解して受け入れてくれる人がいる世界を。」 彼の目が俺を見てる。 そういえば、ちゃんと目を合わせるのは久しぶりな気がする。 「ちゃんと感謝と、自分の思いを伝えようと思った。なのにお前に先に言われた。ほんと計画丸つぶれだ。」 「ごめん。」 「俺は出会った頃、馬鹿のクソガキでイライラしてすぐ八つ当たりしたり、お前のことを傷つけたりしたと思う。それでもずっと側にいてくれて支えてくれた。ありがとう。」 「そんな、俺の方こそ。」 「思えば俺はずっとお前を独り占めしたかった。俺だけのものになればいいのにって思ってた。でもそうならないの分かってた。」 「そうでもないよ。」 「お前は誰のものにもならない。だから、俺をお前のものにしてほしい。」   「え?」 「俺をやる。俺の全部。どうだ?」 「...いや、いらない。」 「...ほんとに?」 「うん。俺はお前を独り占めしたい訳じゃないから。ただ、特別でいさせてほしい。それだけだよ。」 「特別、か。」 「そう。例えば、寂しくなったり悲しいことがあったら、まず俺にコールする。美味しいものを食べた時、俺のことを思い浮かべる、みたいな?」 「...そんなんでいいのか。ならもうとっくにお前は特別だ。」 そう言うと彼は俺の額にキスをした。 「本当ならここでお前を抱くはずだったのに。」 「まぁまぁ、人生は計画通りにいかないからおもしろいんだよ。」 もしあの時彼をかばって会社を辞めなかったら? もしあの時...なんてずっと過去ばかり振り返ってきたけどもう終わりにしていいんだな。 これから見るのは未来だけで。 俺の二日酔いは半日で直り、そこから彼の計画通り海が見えるレストランでランチした。 彼はずっと優しい眼差しで俺を見てる。 言っちゃ悪いがものすごく、その、 「気持ち悪い。」 言ってしまった。 「なにが?」 「お前のその甘い雰囲気と目。」 「俺は恋人にはこうだよ。」 「恋人なんていたことあったかよ。」 「あー、そういえば無かったな。」 「だろ。お前は彼女たちに償うべきだね。」 「償ったよ。ちゃんと。」 「え?」 「ケジメって言っただろ?あの夜、お前に結婚するかもって言われてから全員と関係を切った。その時に頭を下げたよ。」 「お前が?」 「そう。この俺が。もちろん許されはしなかったけど。自業自得。俺がやってきたことが間違ってたからこうなったって思った。」 「大人になったんだな。」 「お前がそうした。俺にはお前が必要だ。」 「そう。俺にもお前が必要だよ。」 俺がそう言うと彼は顔を真っ赤にした。 おいおい、今さら照れるとか。 俺まで恥ずかしくなるだろ。 「結婚したい。」 彼は唐突に言った。 「は?」 「お前と結婚したい。」 「いや、できないよ。」 「日本ではな。」 彼はニヤリと笑った。 そして紙を一枚出してきた。 「うちの会社を買いたがってるんだ。台湾の会社が。俺とお前のことも雇ってくれる。」 「聞いてない。」 「言ってないからな。」 「台湾に住むってこと?」 「台湾なら結婚できる。どうする?」 どうする?って聞いてるけど、もうこれは決定事項だ。彼の目を見れば分かる。 「旨い台湾料理の店、ちゃんと見つけといてくれればいいよ。」 「そんなのはとっくに見つけてる。」 「...なら、いいんじゃない?でも中国語しゃべれないけど?」 「俺が今日からみっちり教えてやる。まずは、」 彼は俺の手にキスをして、 「我愛你からだ。」 微笑んだ。 こんな臭いことよくできるな。 これも計画のうちなんだろうな。 と冷めた目で見ながら、 「愛してるぐらいは日本語で言わせろよ。」 とキスをした。 悪いけどここからの二人の主導権は俺が握らせてもらう。 彼に握らせたらろくなことにならない気がするから。 夕陽よりも燃えた彼の顔はとても愛おしかった。 「お前、本性隠してただろ。」 「6年も一緒にいて気付かなかったお前が悪い。」 「...そうか。」 「俺、独占欲はないけど縛るのは好きだから。」 これからの俺の楽しみは彼のことをいじめることだ。 人生には楽しみがあった方が絶対にいい。 それだけは確かに言える。
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