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プロローグ
「こんな、長く付き合ってきたのに?」
「正直、僕には貴女を幸せにはできません」
面と向かって言われるのは、振られ慣れた鈴子でも辛いものだ。対面する彼と向かい合う体勢で、肩を落とす。縋るように彼の細身の腕を掴んだ。
「わ、わたし、悪いところ、ちゃんと直します。だから、だから……もう少しだけ……お願い……します」
即座に目を逸らす仕草は何度目かの、見慣れた光景だ。
みんな、都合が悪くなると、こうなる。
唯一、違う点があるとすれば、彼は会ってからずっと、笑顔だということ。
「……理由だけ、教えてくれませんか?」
聞かなければ、次に進めない。
「じゃあ、逆に聞いてもいいですか? 戌井さんは、僕の願いを一度たりとも聞いてくれたことがありましたか? 待ち合わせ時間も場所も守れない。マナーや教養もない。紹介するこちらも恥ずかしいんですよ。つまり、もう面倒見切れません」
彼は淡々と、腕時計を気にしながら、やはり笑顔で話す。次の予定の方が大事なのだろう。
「それは、だって!!」
机は左右を板張りで間仕切られているが、鈴子の声は壁を楽々と飛び越えた。
迷惑そうな視線が背後から突き刺さる。
「あと、五月蝿いです。公共の場ですよ」
やれやれといった具合で呟く。
面倒な女だと思われても、鈴子には食い下がれない理由がある。
「もう6人目です……広瀬さんに三浦さん……山田さんに、吉田さんに三輪さん……」
「これは全く驚いた。よく覚えてますね」
「忘れられませんよ! わたしをちり紙みたいにポイ捨てした人たちなんて」
指折り数えて、鈴子は口を尖らせる。
「まあ、そんな言い方されても、バッサリ切り捨てるつもりですけど? だいたい振ったのは彼らじゃありませんよ、戌井さん。貴女です」
「井崎さん!」
鈴子は今にも襲いかからんばかりだ。
一方の井崎は、特に気に留める様子もなく、鈴子の目前で待ったをかける。それはさながら、犬の躾しつけ『待て』のポージングだ。
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