元恋人

4/12

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 兜悟朗と付き合って二ヶ月が経とうとしていた。  彼との関係は終始穏やかで一度も喧嘩をした事はない。付き合ってからも兜悟朗はいつも優しく、雨峯の要望を叶えてくれるまさに王子様のようなそんな存在だった。一緒にいる空気感も雨峯は好きだった。だが――――― (全然、手を出してくれない)  そう、恋人と言えばやはりスキンシップの一つでも取りたいものだ。しかし兜悟朗は全くそのような素振りを見せてくる事がなかった。キスは勿論の事、手を繋ぐ初歩的な事ですら、雨峯から言わねばしてきてはくれない。 (それに……)  もう一つ、不満があった。彼は一度も雨峯を好きだと言ってくれた事がなかったのだ。まだ雨峯を一人の女として好きにはなってくれていないという事が必然的に分かってしまい、雨峯は次第に不満が高まるようになっていた。 「ねえ宇島くん、キスしたい」  付き合って三ヶ月が経とうとしても、彼からの接触がなかった事から、雨峯はプライドを捨てて自ら求める事にした。  兜悟朗の優しさは薄れる事なく日々続いていたが、どんなに待っていても彼から手を出される事だけは本当に一度もなかった。  兜悟朗は雨峯のその勇気を出した要望に、穏やかな笑みを向けて頷いてくれていた。 「小野さんがそう思ってくれているなら。でも僕はまだ君の事を一人の女性として……」 「いい。それはゆっくりでいいの」  十分に分かっている。だが彼が自分を大事にしようと思ってくれているのが嬉しいと、そう思って雨峯はそう言葉を返していた。  そのまま雨峯の方から接近すると、彼の顔に自身の顔を近づけ、そして兜悟朗の方から唇を重ねてくれた。  あの時の感覚も、とてつもない喜びで満ちていた。雨峯はそれまで不満であった感情が一気に吹き飛ぶのを感じながら兜悟朗との口付けをその日から行うようになっていった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加