元恋人

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「お願い……あなたとしたい」  交際をしてから半年が経った。キス止まりで終わっていた二人のスキンシップを、雨峯は我慢できなくなっていた。この人から求められたい。その感情は、付き合う日が経てば経つほどに膨らんでいき、雨峯は自身の誕生日にようやく、口にする事ができていた。  雨峯の為にと選んでくれた素敵な腕時計の誕生日プレゼントは、彼がバイトをして購入してくれていた最高の贈り物である事を知っている。周囲に話せば誰もが羨むであろう素敵なサプライズだ。  彼が恋人である自分をとても大切にしてくれている事は本当に嬉しい。しかし嬉しいと同時に、それが悲しかった。だからこそ、彼からの行為を求めた。 「申し訳ないけど、半端な気持ちでするのは君に失礼だと思う。だからそれはしたくないな」  キスの時とは違い、彼は否定する姿勢を見せてきた。今思えばこれは彼なりの優しさだったのだ。雨峯の初めてを、自身の中途半端な思いで奪いたくはないのだと、彼はそう思ってくれていたのだ。  しかし雨峯はどうしても彼からの愛が欲しかった。行為自体が愛であるとは思わない。だがあの頃の雨峯はそれを信じてしまっていた。抱いてくれれば愛なのだと――。 「お願い。一生のお願い。私、宇島くんとしたいの。あなたじゃなきゃ嫌なの。誕生日……だから……………」  何度懇願しても兜悟朗は頷いてはくれなかったが、雨峯が日を改めてもう一度懇願すると、彼は困ったような顔をしてこのような事を口にした。 「僕はまだ君を一人の女の子として好きだと思えていないんだ。そんな僕でもして欲しいって思うの?」 「うん、それはいいの。してほしい。一緒にできる事、したいよ。だって彼氏彼女なんだよ」  雨峯はそう口にすると兜悟朗はしばし思考してから「分かったよ」とこちらの希望に応じてくれたのだ。その時の雨峯は、いつしかのキスの時のように嬉しい気持ちで満たされ、彼との初体験を幸福な感情だけで過ごせていた。
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