時戻しの力を宿した砂時計

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時戻しの力を宿した砂時計

 禁忌を犯した人間がいた。その人間は邪魔者を排除した。邪魔者はいなかったが、まだ後継者が残っていた。そこで、禁忌を犯した人間は後継者を排除するためにある物を渡した。 「これがあれば君の母親を助けることができるよ」  自ら排除した存在を利用し、後継者に渡した物を使わせようとしたのだ。しかし、後継者がそれを使うことはなかった。母親に教わっていたのだ。 「悪意に耳を貸してはならない。その悪意は貴方の命を狙っているのだから。私を救おうとしてはならないよ。決められた運命を覆すことはできないもの」  後継者は母親の言葉を覚えていた。そのため、人間からもらった物を壊したのだ。それを見た人間は悟った。後継者を排除することは失敗したのだと。人間は後継者の前から去った。ただ、人間は諦めてはいない。後継者を消すことを。 ***  ある温かな日。元婚約者と友達の結婚式が開かれていた。国中を挙げての盛大なものだ。たくさんの人々に祝福されている2人。私は今後そんな彼らを支える側に回ることになるそうだ。前魔女が国を救ったという過去があり、私はこの国から逃げることは叶わないようだ。私は2人が見えるところから離れた。移動してからも幸せな2人の笑顔がこびりついている。 「ああ、つまらないわ」  私はあの人間が置いていった物を使うことにした。それが母が望まなかったことといえど、耐えられなかった。壊したのに、いつの間にか修復されていた物。無闇に捨てることはできず、かといって壊すこともできない。それで保管していた物だ。時戻しの力が宿る砂時計。私はヒビの入ったそれをひっくり返す。次こそは、と。さらさらと流れる砂の音が響いていた。 ***  パチンッと何かが弾けたような感じがした。瞬きをする。ここは一体どこだ、とぼうっとしていると。 「ソア? どうかしたのか?」  私は声がしたところへ視線を向ける。そこには癖のある茶色の髪をした顔立ちが整っている男の人がいた。真紅の色をした目が私を捉えている。 「申し訳ございません、タオ様。少々調子がすぐれないみたいですので、お話はまた後日ということでよろしいでしょうか?」 「体調管理もまともにできないとは何事だ? そんな調子では困るぞ。お荷物はいらぬのだから」  温かみのない目が私を射抜いた。彼の冷たい言葉が胸に刺さる。 「申し訳ございません」  現状の理解するのに混乱していることもあり、かろうじて言えたのは謝罪だけだった。 「はぁ、重要な話はすでに終えた。今日はもう休むと良い」 「ありがとうございます」  くどくどとお説教されることはなく、早々にタオ様の許可を得ることができた。私はすぐさま部屋を出ることにした。一礼をし、扉を開けて、外へ。タオ様がいる部屋から早足で歩き、離れる。ある程度歩いていたはずだ。誰も近くにいないのを確認し、ため息を吐いた。 「久々に対面した気がする。あの子を相手にしている時と言葉違いとか態度とかが違うことを知っている分、やりにくいし、疲れる」  他人にも自分自身にも厳しいタオ様。彼は一国の王子様。人々の期待を背負って生きている。立派な王になれ、とそれが義務であると、そう望まれたからたくさんのものを学び、身につける努力をしていた。このことを知る人々は、将来この国は安泰だ、と言うくらいだ。対して、私は知恵を与え、国を救った魔女の娘ということしか価値がない。母と王が望んだから私と王子様は関係を持つことになった。母のことがなければ関わることさえなかっただろう。  国を救った母はその功績が認められて、王家と自身の子供が異性である場合は結ばれること、を望んだ。つまり、自分たちの子供が婚約し、やがては夫婦となることを求めたのである。王はそれを受け入れた。国を救った魔女の娘を手に入れるチャンスでもある、と。そのような話があり、私とタオ様が生まれ、異性であったために、婚約をすることに。  私は王となる人の隣に立つ存在として、物心つく前から少しずつ教育を受けることになった。そういうこともあって、私もはじめは彼を支えていくのは私だと思っていたのだ。しかし、未来の私は王子様の隣には立たない。留学生のラピという女の子と最終的に結ばれると知っている。今後のことを考えると憂鬱だ。再度、ため息が漏れた。 「あの〜、ソアさん」  自分自身の世界に入り込んでいたため、後ろからしてきた声に肩が跳ねた。誰もいないことを確認していたから、私の後にやってきた人だろう。独り言呟いたり、考え事をしていたりした姿を見られていたかもしれないと思うと少し気まずいが、変な動作はしていないはずだ。自分自身を信じよう。 「えーと、何でしょうか?」  振り返るとそこにいたのは、1人の女子生徒。平然を装っているが、驚いていたことに気づいているだろう。そのせいか、彼女は苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに話を切り出してくる。 「せっかくならお休みのところすみません。ラピさんにソアさんを呼んできてほしいと言われまして。今ならこの場所にあるはずだからお願い、と」  これは、あの時期か、と推測できた。タオ様がラピに――。 「どこに向かえばいいのかしら?」 「あっ! えーと、これを渡して、と言われたので、私はこれで失礼します!!」  さっとポケットから取り出した紙を素早く私に渡して、走っていく女子生徒。私はそれを呆然と眺めていた。慌てた様子だったけれど、何かおかしなことをしていたわけではないのに、なぜかと思った。今は手渡しされた紙の内容が優先であるため、女子生徒の挙動不審な態度は忘れることにする。  私は封筒に入っている紙を取り出した。そこに書かれていたのは――。 『話があります。〇〇〇号室で待っていますので、絶対にきてください』  というものであった。私は察した。これから何が起こるのかを。ただ今回はちゃんと話を聞く気はない。 ***  藍色の髪が視界に入った。私は椅子に座っているあの子の名前を呼ぶ。 「ラピ」  私の声が耳に入ったのだろう。彼女が振り返った。可愛らしい顔立ちをした女の子で、パッチリとした澄んだ水色の目が輝いている。ぷっくりとした唇はみずみずしい。その口から言葉を紡いだ。 「ソア。急に呼び出してごめんね。来てくれてありがとう」  彼女は嬉しそうに笑った。それが、未来で純白のドレスを身につけていた友達(ラピ)の笑顔とダブって見えた。ギュッと目を瞑り、脳裏に浮かんだものを振り払おうと軽く首を左右に振った。 「どうかしたの? 調子悪い?」 「なんでもないわ。それで? わざわざ人伝でここに呼んだ理由って何?」 「まず、そこに座ってほしい」  ラピの前にある椅子に座るように促された。席に着かなくてもいいが、拒否することでもない。腰をかけた。 「それで?」 「あ、えーと。あのね!! 今伝えておかないといけないと思ったの。それで、心の準備をしたくて、友達にソアに紙を渡してほしいって頼んだの」 「そう。それは、タオ様のことを話すから?」 「えっ!? 何で? まだ何も言ってない……」  前回もタオ様の話だったもの。それを踏まえて、先に名前を出しただけだ。けれど、それを知っているはずのないラピは目を見開き、戸惑っていた。 「タオ様、告白」 「な、なんで??」  ウロウロと動くラピの目。口角が上がってしまいそうになるのを堪える。前回、神妙な面持ちをして、話された時に受けた衝撃。あの時と変わって、立場が逆転しただけである。 「この教室で、タオ様と会ってるの知ってるから。隠していたのにどうしてって思ってる?」 「ソ、ソア? 自分が何を言っているのかわかってる? タオ様は、ソアの婚約者でしょ? 信じてないの?」 「何を信じるの? でも、安心して。私、誰彼構わず話さないから。話がタオ様のことなら帰るね」  私は立ち上がって、扉へ向かう。 「ま、待って! ソア!! お願い、私の話をちゃんと聞いて!! ねぇ、待って!!」  話ができないことに焦っているのだろうか。私がラピの話を聞く意味はない。タオ様のことだもの。知っていることに時間を割いて、彼女の心を軽くするお手伝いをしてあげる必要はない。追いかけてくるラピを無視して、扉に手をかけようとした。次の瞬間、ガラッと扉が開く。 「ソア!? なぜここに? 休むと言って部屋に戻ったのではなかったのか?」  驚きに満ちた表情を浮かべていたが、それはすぐに消えた。眉間に皺を寄せて、私を睨んでいる。私に向く冷たい視線を気にしないように、自分に大丈夫だと言い聞かせ、気丈に振る舞う。 「タオ様こそなぜここに? もしかして、私と同じくラピに呼び出されたんでしょうか?」 「……まあ、そうだ。詮索はしないでくれ」 「では、私たちのことも詮索することのないようにお願いします。人伝で呼び出されたというのが全てではありますけどね。失礼します」  この言葉に扉の前から引いたタオ様を横目に私は部屋から出ていった。  ラピがタオ様から告白されるのはこの後で。自分もタオ様に告白でもしようと思ってでもいるのだろう。しかし、2人は両想いであることを知ってしまう。抑えられない気持ちが向かう先はどこへ行くのでしょうね。 ***  国を救う魔女の話は私がいる国でも知られている話だ。そして、魔女の娘がいることも。私はその娘に会いたいと思い、身分関係なく学べる学校にいるとの情報を得たことで、その学校へ入ることにした。お父様とお母様に頼んで、自分の出身を隠した。私は平民のラピになったのだ。国の偉い人の一部や学校の偉い人の一部は私の正体を知っている。それは何かあった時のために私の正体を知っている状態にしておくのが良いという話になったからだ。それができないなら、学校に通う話はなし、ということも言われて、渋々その条件を受け入れた。  とうとう学校へ行けるようになり、やっと魔女の娘に会えると舞い上がった。魔女が授けた知恵は素晴らしいものだったと聞く。魔女は亡くなってしまっていてとても残念ではあるけれど、娘は生きている。その娘に近づくことができれば、魔女が持っていた知識を詳しく聞くことができるかもしれない。それで自分の中に落とし込むことができれば、後々私のためになる。国のために結婚する必要がなくなるかもしれない。だから、彼女に会いに行くのだ。会って仲良くなって、知識を得ることができれば、私の人生は変わると信じて。  魔女の娘に会える日を楽しみにしていた。当日、天は私に味方をした。魔女の娘と同じクラスになれた。一目見た。綺麗な人というのが第一印象。目鼻立ちはハッキリしていて、雪ように白い肌が見えた。深い緑の髪に淡い黄緑の瞳。それはまるで、自然を豊かな緑を思わせるような色だった。あらかじめ魔女の娘がどういう人か得ていたが、実物を見たインパクトは強かった。私が欲しいのは知識であるから容姿は関係ないけれど。早速、魔女の娘へと近づいた。ここで誤算が生じる。私が欲しかったものが一気に変わってしまった。  彼女の婚約者である王子様はとても魅力的な人物だった。国民のことを考え、仕事からできる、なにより、身分関係ない学校といえど、偉ぶったり関わる人を選んでいたりするのかと思えば、公平に人を見ている人だった。平民であると身分を偽っている私にも優しくしてくれて、分け隔てなく、対応してくれた。こんな良い人は他にいないと思った。しかし、彼は魔女の娘であるソアの婚約者。彼女の夫となる存在。将来、2人は必ず結ばれる。いや、結ばれた。  それが嫌だった。タオ様をどうしても自分だけのものにしたいと思った。王となるから彼の全てを私のものにするのは無理なこともあるだろうけれど、隣に立って支えるのは私でありたかった。だから、だから、私はあの時計に手を出した。たまたま見つけた古い書物にあった時を戻す砂時計。これを探して、見つけた時、あまりの嬉しさに笑ってしまった。これで戻れる、と。私は砂時計をひっくり返した。どんなことが起こってもいい。私はタオ様と結ばれるためならなんでもできる。何も知らない私はそう思っていた。  何度も何度も砂時計を用いて、逆行していき、やがてタオ様と結ばれることができた。結婚式。国中から祝われる盛大なもの。ソアには悪いけれど、やっと手に入れた、と思った。舞い上がっていた。このまま二人で幸せになろうと想いを馳せていた。ずっとずっと。死がふたりを分つまで。  なぜ、こんなことになったのだろうと考えたが、体から温もりが消えていく。私の命が流れていく。私の思考は塗りつぶされていく。私は何とか気力を振り絞って砂時計を使った。そうして、同じことの繰り返し。タオ様と結ばれたと思って、喜んでいる。その後に、私は必ず命を落とすのだ。砂時計を使って得た出来事を思い出して1つのことを回避したら、また1つの死が訪れる。何度も何度も繰り返して悟った。タオ様と結ばれたら私は死ぬって。でも、きっとタオ様と結ばれていなくても結局、時期が来たら私は同じ運命を辿ることになるだろう、と。  ただ、私は思ったのだ。砂時計を使い続ける限り、私が死ぬ寸前までタオ様と一緒にいることができる、と。何も憂うことはない。死ぬ前に砂時計を使えば、永遠にタオ様と会うことができるのだ。そう思っていたのに、おかしなことが起こった。ソアが今まであんなことを言い出すことはなかったのに、私の言葉を聞いて驚くだけだったのに。砂時計を使いすぎて歯車が狂ってしまったのだろうか。まあ、いい。私が持つ砂時計(コレ)がある限り、私は私のしたいことができるもの。 「タオ様、お待ちしておりました」 「ソアと何かあったのか?」 「いいえ、気になさらないでください。些細なことです」 「そうか」  そう、貴方様に告白される今日、ソアのことを気にしているなんてもったいない。貴方様の告白を聞くのに、他のことに気を取られるなんて嫌だ。 「ラピ。話があるんだ」  彼は私の手を掴んだ。重なる手にぽかぽかと暖かくなる。とうとうこの時間がきた。私は彼の言葉を聞き逃すことのないように集中する。 「君のことが好きだ」  心がいっぱいになる中で、震える声で返事をする。 「私も好きです」  目を見開いた彼だったが、すぐさま嬉しそうな笑顔になった。私はその笑顔を目に焼き付ける。ああ、タオ様、ずっとずっとお慕いしております。  私はある国の姫。王子様と結ばれるのは当然のことだもの。 ***  時戻しの力を宿した砂時計。時を戻すのではなく、使用した人物の魂を過去に戻すもの。代償は存在の消滅。疲弊した魂が消えるのか、はたまた時を管理する神様の怒りによるものか。それは誰も知ることができない謎だ。ただ、明らかに書物に後から付け足された文がある。 『時の流れを正す者、それすなわち魔女であり、彼らは時戻しの砂時計がある限り、生まれる存在である。ただし、魔女も時を乱す者である。彼らは少し不思議な力を持っているだけの人間なのだから』  私は本を閉じる。そろそろ向かわなければ行けない。タオ様と話し合うために用意された部屋へ。  指定されたところへいくと、そこにはラピもいた。私は2人を見た瞬間、理解した。すでに王子様に見切りをつけているから、傷つくこたはなかった。ただ、前のことから思っていた。順序を守ってほしい、と。 「あ、あのね。隠していてごめんね。私たち付き合っているの。想いを告げたら、両想いってことがわかって、それで……」  気持ちを抑えられなかったというのを許してほしいということなのだろう。恋に盲目で周りが見えていないとはこの2人に言えることだ。厳しく自分を律してきたであろう王子様をあんなにもポンコツにしてしまうのだから。けれど、考えていないようで考えているところもある。狡賢いものだ。そういう面がないと王子様というのはやっていけないのかもしれないが。 「隠しているが、彼女は隣の国の姫君だそうだ。あの国の姫君と縁を結ぶことはこちらの国としてもメリットがある。なにより、私たちは想い合っている」 「つまり、タオ様は私との婚約を破棄したいということでよろしいでしょうか?」 「いや、君には正室となってもらう。私たちを支えていく名誉を与えてやろう」 「はい?」 「これは決定事項だ。あちらの口のこともあるから結婚式はラピと開く」  実際な正室は私であるけれど、表には出るな、ということだ。すでに体験していたことで失笑しそうになるが、これ以上の面倒事にならないように堪えた。茫然自失になって、いろいろと頷いていた頃とは大違いだ。今ではこの2人は愚かな人たちだと思っている。  私は王子様に恋はしていなかった。愛情もなかった。夫婦となる上で育てていくしかないものだと思っていた。こちらが寄り添おうとしてもそっけなくあしらわれてしまう。そんな人の隣に立って生きていくなど無理なことだったのかもしれない。1人だけが相手を理解しようと努力しても恋心が生まれるわけもなく、愛情が育つこともない。  酷い話だ。影に徹底しろ。彼ら(自分たち)のためにと言っているのだから。彼らの言い分を真に受けるつもりはないが、今は従順な返事をしておこう。 「承知しました。お話がそれだけでしたら、失礼いたします」 「あっ、ソア」 「ごめんなさい、ラピ。今は放っておいてほしいの」  なるべく悲しいことを考えて、辛いという雰囲気を出した。これが上手くいっているのか、ラピは何も言ってくることはなかった。私は彼らに一礼して、部屋を出た。  今までの人生もこれからの人生も彼らに利用され続けるだなんて、これ以上に悲しいことはないよ。そういう感情よりは惨めだとか呆れだとかのが強いかもしれない。ずっと彼らのことを考えていても何の解決にもならないため、気持ちを切り替えよう。 「よし、王様には話を通しておこう」  ずっと彼らの手助けはできない、と。あと、慰謝料はもらっておかないと。結婚せずに、お仕事をして、この国から出ていく。私は期待だとか信頼だとかで、彼らを見捨てることはできなかった。縋りついていたと思う。でも、もういいよね。彼らのための人生を歩まされるのは嫌だもの。自分たちのことは自分たちでどうにかすることね。 ***  また戻ってきてしまった。彼女(ラピ)が死ぬ間際に砂時計を使っていることには気づいている。ただ、戻る時間が狭まっているのも事実だ。最近、彼らの結婚式にいる私しか知らない。その後に起こる悲劇は何回目だろうか。その度に使用し、使用される砂時計。 「そろそろ終わりにしましょうか……」  ある温かな日に、元婚約者と元友達の結婚式が開かれていた。これは国中を挙げての盛大なもの。たくさんの人々に彼らは祝福されていた。今後私は、不本意ではあるけれど、数年程2人を支えていくことになりそうだ。私の数年は彼らのための数年になってしまうはずだった。しかし、この2人にとっておめでたい日は唐突に終わりを迎える。  花嫁が口から血を吐いた。その後、数回の発砲音が響いた。全て花嫁に向けられていたものだったのだろう。純白のドレスは真っ赤に染まる。会場は悲鳴やら怒号やらで大騒ぎだ。元婚約者の腕の中には花嫁がいた。ラピ、ラピ、と必死に彼女の名前を呼びかけているように見えた。その行為は虚しく、水色の瞳は濁っていく。温かみがあった肌の色は失われていった。致命傷だった。助かることはない、少しの間だけでも息があったのが奇跡であるくらいの。元婚約者は力をなくした元友達を見て、慟哭する。悲しみの声が響き渡った。  そして、本日。晴れ渡った空の下。私は処刑されるそうだ。元友達を殺した犯人として。一国の姫を殺害したとして。国の母になる人の命を奪ったとして。  私がやったという証拠もないというのに、2人を恨んでの犯行、復讐という理由で、罪人とされた。愚かなものだ。しかし、私の声はもう届かない。喋ることができないように喉を潰されたから。元婚約者である王子様は悲しみのあまり、狂ってしまったのだろう。臣下の苦言も聞かず、強行突破。私は嘘つき呼ばわりされ、自分と結ばれなかったから元友達を殺めた嫉妬に塗れた卑しい女とも言われた。私の言葉は聞き入れられない。不愉快な声を聞きたくないとまで言われた。 『まあ、いっか。始まりは終わりでもあり、終わりは始まりでもあるもの』  私はもう見ることはできないから残念ではある。あとは新たに生まれてくる魔女に託すしかない。その子が彼を見ていてくれることを願うのみ。私の記憶も他の魔女の記憶も受け継ぐだろう新たな魔女に。それと、ラピからと偽った私のプレゼントに気づきますように。わざわざ王子様の部屋に送ったもの。気づいてもらわなければ困るわ。ヒビの広がっていた今にも壊れてしまいそうだった砂時計は新たな者の手で輝くことだろう。  苦しさを感じることもなく、私の灯火は消えた。 *** 『私は間違っていたのだろう。魔女を排除したところで、新たな魔女が誕生するのだから。魔女は時戻しの力を宿した砂時計を止める力があるわけではないのだから。ただちょっと世界を変える力を持っているだけの存在。魔女がいるから世界は守られていて、時の砂時計が使える。もし魔女がいなければ今頃世界は荒廃していたかもしれない。私は消える。消される。魔女を殺めたからじゃない。ある秘密に辿り着いてしまったからだ』  薄らとした灯りが広がる一室。  頬がこけている男の人がいた。癖のある茶色の髪に真紅の色をした目をしている。  彼の手には開いている古い書物があった。きっと読んでいたのだろう。それが終わったのか、机に置かれた書物。代わりに彼の手に握られているのは砂時計だった。 「これでまた君に会えるよ」  彼は手に取った砂時計をひっくり返した。好きな人に会うために。ただ、彼が会いたいと願った相手はいない。なぜなら、その存在は消えているのだから。  残っていた開いている書物のページには塗りつぶされていて読めない文字があった。 ***  あの時計はいつだって誰かのもとにある。使うも使わないも貴方自身がきめること。ただし、代償はある。それを知らずに使うこと人は多いが、不都合なことを塗りつぶした者がいる。そのため、もう知ることはできない。気が向いたらまた書き足しておこう。  おや、また時戻しの力が宿る砂時計が使われたようだ。ほら、砂の流れる音が聞こえてきた。  
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