勇者の仲間が語るには

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 ここは街外れの森の中にある場末の酒場だ。  先に言っておくと私は酒を嗜むわけではないので、この酒場に来るのはかなり久しぶりのことだ。寧ろ自室に籠り売れない小説を書いている自分にとっては無縁の場所である。なら何故こんな場所にいるのかと言うと、最近この場所で『勇者の仲間が面白い話をしている』という噂を聞いたからだ。小説のネタになるかもと思い、少しでも話を聞こうとカウンターの隅で水を飲んでいた。  少し欠けた白い円形の皿の上には、干し肉と四角いチーズが乗っている。チーズはボソボソとしていて、干し肉は奥歯で力いっぱい噛み切ろうとしないと食べられないほど硬かった。だが、顔も名前も知らぬ『勇者の仲間』とやらを待つには丁度いい時間潰しでもあった。  それからしばらくして、朝日が夕焼けに変わり夜の帳が降りようとしていた。一日中酒場に居たはいいものの、特にそれらしき人物が来なさそうなので店を出ようとしたその時。店の片隅に、全身をフードで覆った人物がいるのを見つけた。  いつの間にいたのだろうか。店に出入りする客は一人も見逃さ無いように注意を払っていたつもりであるが、全く気が付かなかった。 フードを被った人物は四人用のテーブルに一人で座っており、チーズと干し肉を酒であおっているようだった。  店にいる誰も気にしていない。酒も食事もいつの間に注文していたのだろうか。もしかしたら私にしか見えていないのかもしれない。 話しかけるべきなのだろうか。誰も気にしていないということは、もしかしたら目的の『勇者の仲間』ではないのかもしれない。  どうするべきか頭を悩ませながら様子を見ていると、不意に声をかけられた。 「よォ兄ちゃん。さっきからこっちのことチラチラ見てくるけど、なんか用か?」  耳元で荒っぽい男の声が聞こえる。いつの間にかフード姿の人物が隣に来ていたらしく、肩を組まれた。  本能が一瞬で訴えかける。隣にいる人物は、ただの人間ではないと。 「い、いやぁ…。き、気の所為、だと思います、よ……」  全身から冷や汗が吹き出る。呼吸が上手く出来ない。喉の奥が張り付き口の動きが鈍くなる。  もはや『勇者の仲間』どころの話では無い。今確実に、私は命の危機に立たされているのだ。  どうしたらこの窮地を脱することが出来るのかに思考を巡らせる。だが、そんな私の考えとは裏腹に、彼は荒っぽくも軽快な口調で話しかけてくる。 「まーそう怯えんなって。別に取って食おうってわけじゃねーんだ。ちょっとばかし話に付き合って貰いたくって声をかけたんだよ」 「は、話し、ですか?」 「そう。お前も興味があって来たんだろ?勇者の話ってヤツに」  その言葉を聞いた瞬間、私の中にあった恐怖心が好奇心へと変わった。  『勇者の仲間』。疑わしくはあったが本当に実在していたようだ。だが、私の中でまだ疑念が残っている。彼は本当に『勇者の仲間』なのだろうか。 「ま、興味があるならあの席に来いよ。別にここでもいいんだが、こういった話は雰囲気が大切だ」  彼はそう言って私から離れ、再び先程までいた席へと戻っていく。テーブルにはいつの間にか新しいツマミと酒が置かれており、彼は何の疑問もなくそれを口にした。  私はツマミと水の代金をその場に置き、彼がいるテーブルまで移動して真向かいに座る。 「本当に話を聞かせてくれるのか?」  フードの奥で、口がニヤリと笑う。 「あぁ、本当さ。そのためにここに来てるんだからな…」  彼はそう言うと、フードを取り払い素顔を見せる。 癖がついた髪に顎と鼻下からは髭が生え、顔には幾つもの傷跡があった。見た目からはまだ三十代後半くらいの年齢に思えるが、髪を整え髭を剃ったらもっと若く見えるだろう。  身に纏っているローブは傷や汚れが目立ちお世辞にも綺麗な状態とは言えなかった。ローブには何か細かい装飾が施されているようだが、日に焼けてそれが何なのかは分からなかった。  彼は干し肉とチーズを口に入れて少し噛むと、酒と一緒に喉の奥へと流し込む。深く息をついた後に、改めてこちらへ視線を向けた。 「最初に言っておくが、俺が本当に『勇者の仲間』かどうかの証明は出来ない。そもそも出来るようなもんは何もないからな。だから、この話は酔っぱらいの戯言と思ってくれてもいい」 「安心してくれ。私は話が聞きたいだけで、別に証明してもらいたいわけじゃない」 「了解した。それじゃあ、まずは俺と勇者の出会いから話そう」
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