1 〈球状世界〉の底

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1 〈球状世界〉の底

「ねえ父さん」ある日、コレチカは父に疑問をぶつけてみた。「なんでぼくたちはこんな狭い土地に住んでるの?」 「さあ、なぜだろうな」父は秘密めかした。  彼らの居住地は確かに狭かった。まさに立錐の余地もなく、彼ら親子が浮かんでいられるだけのスペースしかない。ヒトが住むにはひどく手狭ではある。  親子は〈球状世界〉に住んでいた。半径は約10キロメートル、中心には特異点(シンギュラリティ)が鎮座している。親子がここへやってきたときの速度は光速の0.01パーセントに達しており、そのため彼らは中心点付近まで深く深く潜ってしまった。その際に父親のバザード・ラムジェットは破損してしまい、爾来彼らは特異点付近を終の棲家としたのである。 「だっておかしいよ。進化は漸進的な現象なんだから、こんな狭い場所にぼくたちが自然発生したはずがないでしょ」 「まあ、しないだろうな」 「絶対、どっかからぼくたちはここへ来たはず。ちがう?」  父はどことなく悲しそうだ。「いや、お前の言う通りだよ」 「ねえ、外はどうなってるの」 「これだけ賢くなったんだ。見せてもいいころあいか……」父は双眼鏡のようなものを息子へ手渡した。「こいつを目に当てて外縁を見てごらん」  コレチカは腰を抜かした。〈球状世界〉の外縁を越えて、が見えるのである! 少年の理解をはるかに超えた、トーラス状の構造物がぐるりと〈球状世界〉を囲んでいる。それは煌びやかに光っていた。光。〈球状世界〉にはない、初めてお目にかかる代物であった。 「父さん、これどうなってるの。なんでこれを通すと外が見えるの?」言いながら、コレチカは片ときも双眼鏡を離さなかった。 「この世界には光速を超えた粒子が充満してる。そいつを捕捉して収束してるのさ」 「よくわかんないけど、外の世界は見えてる通りなんだね?」 「ああ、そうだ」  このときコレチカは思った。いつか必ず外へ行ってみせる、と。
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