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2 旅立ちの日
「いいかコレチカ、この世界から本気で抜け出すつもりなら、ルールを覚えなきゃいかん」
旅立ちの日、父は息子に訓辞を垂れていた。
「ルールって?」
「俺たちがいる中心付近はタキオンがよその宇宙から漏れだしてきてて、いわば超光速状態なんだ。意味はわかるな?」
わかるもなにも、それは自明であった。ボース・アインシュタイン凝縮脳が絶えず波動関数を収束させる方向へ観測するため限度はあるものの、基本的に因果律は崩壊している。10秒後の自分がそばにいたり、1日前の予定を立てたりといったことが日常的に起きる。それは奇妙でもなんでもなく、物心がついたころから所与の環境であった。
「そりゃわかるよ。一言でいえば、エントロピーは必ずしも増えない」
「お前はそれを当たり前だと思ってるが、実はそうじゃない」
少年は腰を抜かすほど驚いた。だって、それ以外に考えられないではないか? 彼は息せき切って尋ねた。「じゃあなにが当たり前なの?」
「エントロピーは増え続ける。それが外のルールだ」
「ちょっと待ってよ。どうやって外は維持されてるの? エネルギーは最終的に熱になって放散しちゃうってことでしょ?」
「気の遠くなるような未来にはたぶん、陽子すら崩壊して使えるエネルギーは1電子ボルトすら残らないだろうな」
コレチカは胸が高鳴るのを自覚した。死に向かって一直線に突き進む世界! どうしてもお目にかからないわけにはいかなくなった。
「それでも行くのか」
コレチカは深くうなずいた。二人は重厚な握手を交わした。
こうしてコレチカ少年は特異点をあとにしたのだった。背部のバザード・ラムジェットを起動し、文字通り飛ぶように遠ざかっていった。
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