5 外縁への旅路

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5 外縁への旅路

 旅は快調であった。  ミナコのブースター・ユニットを宇宙船のパーツを拝借してアップ・グレードしたのもあり、二人がドッキングした際の出力は光速の0.01パーセントに達していた(むろん〈球状世界〉では無意味な数字であるが)。  むしろ改善されたのはタキオンの捕捉率である。バザード・ラムジェットの展開面積は当然、いままでの自乗に比例した数値となる。スピードが劇的に向上しないはずがない。  始めたころ、コレチカは外が完全に膨張しきって熱的死を迎えるまでに旅を完遂できるか不安であったが、いまやゴールまで数億年程度というめどが立っていた。これは嬉しい誤算であった。  彼らは様々な村を通過していった。〈球状世界〉内部は驚くほどの多様性を秘めていたのだ。そのどれもがミナコの村のような宇宙船の残骸だったが、例外もある。  それらにコレチカたちが出くわしたのは、外縁まで50,000キロメートル付近に到達したおりであった。 「ちょっとコレチカ、ヒトがいる!」  彼女の言う通りであった。あれはどう見てもバザード・ラムジェットの展開翼だ。「驚いたな。しかも一人じゃないぞ」  展開翼がもつれあった状態の三人組(トリオ)であった。明らかに機能停止して久しいらしく、タキオンの煌めきはいっさい見られない。彼らとの相対距離がぐんぐん縮まり、一瞬だけランデヴーする機会が訪れる。コレチカはその機を逃さなかった。 「君たちはなにをしてるんだ?」  返答はなかった。システムがスリープ・モードに移行しているらしい。コレチカは指向性を最大に設定した。「おいってば!」 「なんだ……? ヒトか……?」そのうちの一人が反応した。 「君たちはこんなところでなにをやってるんだ?」  しばらく間が空いた。自身の位置を計算しているのだろう。「外縁から50,000キロメートルか。――なああんた、最寄りの村までどれくらいだね?」 「1,500キロメートル後ろにあるけど」とミナコ。「あたしたちの質問に答えてないよ。それにあとの二人はどうしちゃったの。全然しゃべってないよね」 「質問は一度にひとつずつで頼む」  トリオの代表者は次のように語った。彼らもコレチカたちと同じく、青雲の志を抱いて外縁を目指した若者たちだった。トリオであれば展開翼の捕捉率は単独の比ではない。予想ではたったの数千万年で外縁へ到達できる計算だったという。  彼らはあまりにも快調に飛ばしていたため、ほとんど村に立ち寄ることなく通り過ぎていった。情報収集もシステムのリペアも怠っていた。どれだけ堅牢な製品でも耐用年数は厳然と存在する。トリオのうちの一人のシステムにバグが発生するのは時間の問題にすぎなかった。  情報効率化のためシステムを連結していたのが仇となった。バグが正常な二人のほうへも浸食し、ブースター出力は最盛期の200分の1まで落ちた。彼らはいま、特異点へ向かって落下している最中なのだった。 「そしてこの俺が」代表者の口調はあくまで平静だった。「バグをこさえた当の本人なのさ。――ああ、こいつらはとっくに死んでる(システム・ダウン)よ。ほかでもない、俺のバグのせいでな」  二人はかける言葉が見つからなかった。 「1,500キロメートル後ろに村があるんだな?」代表者は念を押してきた。 「ああ、そうだ」 「今度こそ、俺はそこで制動をかける。そしてこいつらを生き返らせて、いつかまた外縁を目指す」もつれあった展開翼がはためいた。「よい旅を(ボン・ボヤージュ)!」 「ねえコレチカ」ミナコの口調は神妙だった。「あのヒトたち、どこかで止まるよね?」  推進力を得られない質量は並みの制動力では止まらない。どんな村も彼らを引き止めるだけの緩衝ネットは持っていまい。それでもコレチカはこう答えた。「ああ、きっと止まるさ」
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