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しかし、愛おしそうに祖母の本を撫でるあの人は、そんなことをしそうに見えなかった。ウザいと嫌がられる私のお喋りも、興味がなさそうなフリをしながらちゃんと聞いてくれる。頼っていた祖母が亡くなって絶望していた私だが、あの店に通うのは唯一の安らぎになっていた。
あの人はきっと、とても優しい人だ。なのに私のために、こんな酷い行為をさせてしまった。せめて、謝りたい。
散々歩き回ったが、店は見つからない。日も暮れ始めた頃、空き地が目に入った。取り壊されたばかりなのか、綺麗に整地されている。隅に一本、取り残された椿が咲き誇っていた。ふらふらと導かれるようにその前に立つ。重そうに咲いている椿の花が、ぽとりと落ちた。それを目で追い、根元に本が置いてあるのに気づいた。
「これ……」
それはあの人に預けた、祖母の本だった。そっと、裏表紙を開いてみる。そこに書いてあった、祖母に宛てたメッセージはなくなっている。代わりに書かれていたのは。
【花よ、散らないでおくれ】
私は大事に、その本を抱き締めた。
【終】
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