汚してねぇよ

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汚してねぇよ

それから、他愛のない話をしながら、美味しいお造りや、煮物など和食の料理に手をつける。 「やっぱり日本酒が美味しいわねぇ」 玲はというと、ひっきりなしに日本酒やら焼酎やら強いお酒を飲んでおり、そのお酒の強さに桃はびっくりしていた。 香織と千佳は慣れているようで、気にせずに各々好きなもの飲んでいる。 「桃ちゃん、どう?」 「あ、えっと、」 「俺が飲む」 途中、今のように玲にお酒を勧められると、すかさず千佳が飲んでくれる。玲と血の繋がっている千佳はさすがと言うべきか、全く酔わずに平気そうに飲んでいる。玲もそれがわかっているのか、懲りずに桃に酒を勧めては、千佳に飲ませていた。 「桃ちゃんはお酒飲めないの?」 「いや、そういうわけではないんですけど…」 そう質問する香織も日本酒ではないが、ワインを飲み続けていて、お酒に強いことを窺わせた。 こんなところで飲んで、失態を犯すわけにはいかない。第一、初めて千佳の前で飲んで以来、一度もお酒は飲んでいないのだ。千佳にだって、酔ったところはあれ以来見せていない。飲むのは危険すぎる。桃はそう思って、先ほどからジンジャエールやウーロン茶ばかりを飲んでいた。 「桃ちゃんって、すっごくモテるでしょう?」 「え?」 唐突に玲がニコニコしながらそんなことを聞いてきた。 「いえ、女子校だったので…」 「えー、やだ、萌える!じゃあ、桃ちゃんは綺麗に育ったのね!それを千佳が汚したとか…」 「汚してねぇよ」 「やだ、玲。桃ちゃんは女子校だろうがとんでもなくモテてたらしいよ?」 「あ、やっぱり?」 「え、香織さん、何言って…」 「前に一度、桃ちゃんのお友達に会ったことあるんだけどね、その子が言ってたの」 「え、友達って…茉央ですか?」 「そうそう!茉央ちゃん!」 香織と会ったことのある友達というと茉央しか思い浮かばなかった。以前、茉央にプレゼントしたアクセサリーを取りにアトリエに行った時、たまたま手紙を投函しにきた香織と会ったことがあったのだ。 まさか、その時にそんな話をしていたとは…桃は自分の知らないところで交わされていた会話に驚くと共に、短時間で香織とそんな話をする茉央のコミュニケーション力の高さに感心した。 「桃ちゃんって電車通学だったでしょ?」 「はい」 「もうねー、桃ちゃんと同じ電車に乗りたい他校の男子がいーっぱいいたんだって」 「やだ、青春ね〜!桃ちゃん、可愛いものね〜!告白とかされなかったの?」 「全く」 「やだ、やっぱり桃ちゃんってすっごく鈍いのね!」 「え」 「連絡先は毎日のように聞かれてたし、何度もデートに誘われてたって話じゃない!」 「えぇ…」 香織の言葉に、桃は当時のことを思い出してみる。 高校時代、電車通学だったあの頃-----… 「あの、よかったら連絡先とか…」 「友達になりませんか?」 「ずっと前から気になってて…」 当時かけられた言葉がぽつぽつと思い出される。 そして、途端に理解してしまい、何とも言えない自分の馬鹿さ加減にため息が出た。 当時は誰かを好きだなんて思ったことがなかったし、今よりも関心がなかったから、正直なところ声をかけられても、何とも思わなかった。それどころか、 「え?知らない人に連絡先はちょっと…」 「いえ、遠慮します。ごめんなさい」 「それで、もう気は済みましたか?」 なんて、玲の言動に近しいような発言をしていた気がする。あの当時は、なんの接点もないのに何だろう、放っておいてほしいぐらいに思っていた。 それ故に、必要以上に冷たい対応をしていた気がする。後悔はないけれど、ちょっとした罪悪感が湧いてくる。 大学時代も、高校時代と似たようなものだった。 「あれは…そういうことだったんですね」 「今頃気がつくとか、桃ちゃんも罪ね〜」 「気づいてたら、千佳よりいい男と付き合ってたかもね」 玲はわざと千佳に向けてそんな言葉をかける。自分の人でなし加減に呆れている桃はその様子に気が付かない。 千佳は一瞬だけどムッとした表情を玲に向けると、すぐに桃の方を向き直る。 「桃ちゃんの初恋は俺だもんね?」 「え」 「違うの?」 「え、いや、違くないけど、なんで」 「うわぁ、千佳あんた、そういうタイプ…」 「うるせぇよ」 桃との距離を縮めて、机の下では桃の太ももに手を置く千佳は玲を睨みつける。そんな千佳に玲はさらに挑戦的に妖艶に微笑んだ。 「そう、美しいお姉様にその態度なの」 「桃にちょっかい出すからだろ」 「じゃ、もう一つちょっかい出しちゃおうかしら」 「は?」 「はい、桃ちゃん、あーん」 「え」 「あ、おい」 桃は突然かけられた言葉にそのまま反応してしまい、一瞬にして玲に何かを口に放りこまれた。 「……チョコ?」 「美味し?」 「…はい」 玲が口に放り込んだのは、甘い甘いチョコレートだった。舌の上で溶けていくそれを桃は素直に味わう。 「さて、じゃあ、帰りましょうか。行くわよ、香織」 「え、突然?」 「可愛い弟に桃ちゃんを返してあげるわ」 「なら最初から声かけてこないでくれる?」 「可愛い桃ちゃんと、ごゆっくり〜」 心底嫌そうにする千佳なぞ、全く気にせず玲は手をひらひらとさせてそれだけ言うと、香織を連れてそのまま店を出た。 「はぁ…桃ちゃん、ごめんね」 煩わしい姉がいなくなり、やっと一息つけた千佳は桃の顔を覗き込んだ。すると、何やら頬を赤らめてぽーっとしている桃の姿がある。 「………桃ちゃん、お酒飲んだ?」 「飲んでなぁい!」 「………チョコか」 明らかに酔っ払っている桃の様子に、千佳は先ほど玲が桃に食べさせたチョコの中にお酒が入っていたのだと確信した。 あの面白い物好きのぶっ飛んだ姉がそそくさと帰るとなんておかしい。きっと桃が極度に酒が弱いことを見越していたのだろう。 チョコレートボンボン程度で酔うと思ってたかは知らないが…初対面の弟の彼女に面白がって食べ物を口に放り込むなんて、なんて悪趣味な姉なんだろうか。 あの姉の所業には昔からだいぶ困らされていたが、これまで彼女らしい彼女がいなかった千佳はこんな風にちょっかいを出されたことはなかった。できればもう二度と玲と桃を会わせたくない、千佳はそう強く思った。
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