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どうやって言わせようかな
「っ、ん、」
千佳の家に入った途端、荒々しくドアは閉められて、玄関でそのまま唇を重ねる。
互いの吐息を、唇や舌の柔らかさを、熱を感じながらただキスに夢中になっていく。
「っ、ぁ、」
「っ、あま」
ぺろりと千佳が桃のとの唾液で濡れた唇を舐める。その仕草が酷く艶かしくて、桃の情欲を掻き立てる。
人生で何回目かのキス。でも、何度も唇が離れたり、くっついたりして、もう数えることはできなくなっていた。唇がほんの少し離れる瞬間に、桃はどうにか息をするけれど、それでも足りなくて息が上がっていく。
「桃、鼻で息して」
千佳はそう言って、激しいキスをやめない。鼻で呼吸するというのは、知識としては桃にだってある。けれど、これがなかなか難しい。経験が低い桃には難易度がだいぶ高い。
「ん、も、まっ、て…」
「無理」
千佳の胸元部分の服を握る手には大して力が入らない。千佳は桃の細い手首を掴む。
ようやく千佳の唇が離れ、桃が息を上げていると休む間もなく、千佳は桃を抱き抱えて寝室へと向かった。
千佳はベッドに桃を優しく寝かせる。ベッドに降ろされた瞬間、ふわりと千佳の香りが桃の鼻を擽ぐる。
(千佳の匂い…)
きゅうっと胸が締まるような気持ち。でも、嫌じゃない。千佳の匂いに包まれたい、そんな気持ちもある。
「桃、好き」
千佳は桃に跨りキスを落とすと、その一言を合図に桃の肌に顔を埋めた。
それから、全身にキスを落とされて。感じたことのない快感と、痛みと、圧迫感と、その後の頭が真っ白になるような感覚に桃は溺れた。
出したことのないような声が口から漏れて、途中何度も何度も千佳に縋った。千佳はずっと桃に甘い言葉を囁き続けて、キスを落として、でも、どんなに桃が縋っても、行為は決して止めなかった。
「っ、あ、も、無理、千佳、や、」
「桃、可愛い」
「だ、っ、め、も、」
「大丈夫」
「っあ、ぁ、っ!」
そうして、桃は何も考えられなくなって、千佳の匂いと温もりに包まれたまま身体を強く強張らせた後、一気に力が抜けて目を閉じた。
「……桃」
自分の腕の中で息を乱し、少し震えながら目を閉じる桃の頬に千佳はそっとキスを落とした。
そのまま眠りに落ちる桃の髪を撫で、少しの間桃を愛おしむように触れる。今まで味わったことのない、満たされた感覚。
(好きな子とするのって、やばい)
正直、一目惚れって時点で、自分の中の気持ちが半信半疑な部分はあった。これまで、女性と付き合ったことは何度とあるが、自分から求めてということはなかった。
会いたいなんて感覚はなかったし、ましてや、自分から誘うなんてない。それでも、女性には困らなかったし、セックスはまぁ、興味本位でやって、年相応に欲は満たしてきた。ただ、それだけ。
だから、キスなんてものには特段何も感じていなかった。誘われたら、する。その程度の物だった。
桃のどこが好きか、正直説明はできない。ただ、一目見た時から目が離せなかった。どんな声で話すんだろう、どうな風に笑うんだろう、そんなことばかり気になって。だから、キスした。
桃は、今まで千佳が見てきた女性とは少し違った。千佳に媚びてきたり好意を寄せるどころか、拒否をしてきた。そのことで、新鮮さを感じたし、千佳の支配欲というか、桃を落としたいという気持ちに拍車がかかった。
そこからは、千佳にとって初めての連続だった。自分から会いたと言ったり、会っても夕飯だけだけで、純粋な会話を楽しむ…そういう関わり方だった。もちろん、本当は桃が欲しかった。会うたびに、新しい表情を見せたり、少しずつ千佳に対して気を許していく桃が可愛くて仕方なかった。
けれど、ここで最初のようにしたら、また桃は離れていくだろう。それだけは嫌だった。だから、千佳は桃からの欲しいと言わせるために、じっくりと桃を落としていくことにしたのだ。
たまに、我慢できなくて、抱きしめたり、キスしたりしてしまったけど。もちろん、桃の同意の上で。
正直、桃はもう自分のことを好きだろう、と千佳は思っていた。けれど、桃には頑なな部分があって、なかなかそれを認めない。というよりも、認めるのが怖い、というような感じだったと千佳は思っていた。桃自身の心の枷の部分は、どうしたら壊れるのか、ずっと考えていたところに、リサとの接触。
(あんなに妬くのは、想定外だったけど)
もしかしたら、嫉妬でもしてくれるんじゃないか、と淡い期待もあって、わざと“木下さん”とか“リサちゃん”と呼んだ。まぁ、リサちゃんっていうのは現場の人たちがそう呼んでて、上の名前を知らないからっていうのもあったけど。
桃の呼び方は完全に狙ってやったことだった。予想に反して、やきもちを妬いてくれた桃は、信じられないくらい可愛かった。あの場ですぐに連れ帰らなかったのは、我ながら偉いとさえ思っている。
千佳はすやすやと寝息を立てる桃の顔を見つめる。
「さて、どうやって言わせようかな」
優しくキスを落とす。結局、桃は千佳に思いを伝えることなく、千佳を受け入れた。それはもう、千佳を好きだということと同義だと、きっと桃は思っているだろう。けれど、絶対に言わせようと千佳は思っていた。
恥ずかしがる桃を想像すると、また桃を溶かしたくなるような衝動に駆られる。
それを抑えるように、千佳は桃をぎゅっと抱きしめて、自身も目を閉じた。
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