そうだよ、あほ

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そうだよ、あほ

最近、俺の友達が二十代後半にして初恋をした。 来る者拒まず去る者追わず。 それが俺の友達、大狼千佳という男だった。 千佳はとにかくモテる。黙っていても、眠っていても女が寄ってきた。それもそのはず、千佳はとにかく格好良い。顔立ちは整っていて、スラリとしているけれど、ちゃんと筋肉もあって。腹筋だって割れてる。男の俺から見ても、いい男だ。 千佳とは、中学の時からの付き合いで、その当時からとんでもなくモテていた。だが、特段それを鼻にかけることもなく、本人は至って普通に過ごしていた。俺はたまたま千佳と同じクラスで、席が近かったことで仲良くなった。 「千佳は好きな子いねぇの?」 中学3年の修学旅行。男子だけの夜の会話で盛り上がる中、誰かが千佳に聞いた。俺も正直ずっと気になっていた。だが、千佳は本当にそういう話をしないので今まで何となく聞くことができなかった。しかし、修学旅行という特別な夜だ。ここで聞くのは、いいだろう。部屋にいる男子全員が、学校で一番モテているであろう千佳の返答を待つ。 「いない」 千佳から返ってきたのはその一言だった。つまんねぇな、という空気もあったが、それ以降は別の話題で盛り上がり、その夜は終わった。 修学旅行の帰り道、家の方向が同じ千佳と歩きながら、何となく、話題を振った。 「本当に好きな子いねぇの?」 「うん、いない」 「女に興味ないとか?」 「うーん…興味なくはないけど、好きとかって思う人はいない」 「興味なくはないんだ!?」 「なにその反応」 あまりにも淡白だったから、ずっと興味がないものだと思っていたが、どうやら女性に興味はあったらしい。それどころか、続く千佳の言葉に酷く驚いたのを俺は今でも覚えている。 「俺だってセックスとかするよ」 突然の衝撃発言に俺は声を出すこともできず、その場でぴたりと足を止めた。千佳も俺に合わせて、足を止める。 「まて、お前今なんて言った?」 「だから、俺もセックスとかするよって」 「え、お前…もうそういうこと…してんの?」 「まぁ、誘われたから」 「え、彼女としたとかじゃないの?」 「いや、まぁ、彼女だったけど」 「好きじゃないってこと?」 「そうだな、好きとかはないかな」 なんてことだ。このどうやらこいつは、整った容姿の代償として、貞操感とかそういうものがちょっとズレてしまっているらしい。 そもそも、彼女がいるのに、好きな子とかいないの?と聞かれて、いないと即答してたあたり、こいつはちょっとやばいかもしれない。 しかも、彼女って誰だ。彼女らしき女の子、今まで見たことないぞ。 「彼女って、どこの人?」 「あー、なんか高校生」 「年上!?どこで知り合ったんだよ」 「なんか、駅で声かけられた」 「ナンパ!?」 驚きでどんどん声が大きくなっていく俺とは違って、千佳は至って普通なままだった。そして、話が長くなりそうだから、と近くの公園のベンチに2人で腰掛けた。 「そんな驚くと思わなかった」 「いや、驚くよ。だってお前、女子に興味ないみたいな態度だったじゃん」 「そうかなぁ。興味なくはないよ」 「じゃあ、なんで学校の女子からの告白は全部断ってるわけ?」 「コミュニティ近すぎるとちょっとめんどくさい」 「わからなくないけど…ナンパしてきた女子高生は、タイプだったとか?」 「いや、別に。付き合ってって言われて、断る理由もなかったから」 「お前…もうちょっと、そういうのは大事にしろよ」 「おー、祥って結構、ピュアだね」 「いや、お前がおかしいんだよ」 「そうかなぁ。単純に興味が勝ったって感じかなぁ」 俺もお年頃だからさ、とニヤリと千佳が笑う。あぁ、この表情。これを見たら、男だってドキドキするんだから、女子はこいつに食べられてみたい、とから思うんだろうな。本当に15歳かよ、と思う。 「……で、やるのって、どんな感じ?」 「うーん、別にって感じ」 「え、気持ちよくないの?」 「いやまぁ…その時は快感はあるけど、一人でする方が楽だなーって思った」 「……うわ、夢壊れた」 「違いはあったかいなーぐらいだよ」 「もうやめろ。夢壊すな」 年頃の俺の初体験への夢と憧れが崩れた瞬間だった。興味本位で聞いてしまったあの時の俺を、今だったら止めたいと心底思う。 これが、俺と千佳が中学時代の話。 ここから、縁あって高校、大学と同じところへ進んでいった。 高校に入ってからの千佳は中学時代とさして変わらず、校内の女子からの誘いはほとんど断っていた。代わりに、校外や歳上の女の人と付き合ったりすることは、中学時代よりも格段に増えていた。 結果、高校時代の千佳は中学時代よりも、女性に慣れている男として認識されていたと思う。 そして、大学時代はそれはもう自由に過ごしていた。俺自身も、千佳に触発されたわけではないけれど、それなりに遊んだりもした。 千佳は不特定多数と遊ぶとか、そういうことはしなかった。千佳に思いを寄せてきた子に応えてあげる。ただそれだけだった。ただし、応えるのは必要最低限だけで、千佳から何かを与えたりとかそういうことはしない。それに、男子大学生の欲求もそんな中でそれなりに満たすだけ。 残酷なやつだなぁ、と友達ながら思っていた。 好きって気持ちをくれる子に、中身のない笑顔と行為だけを返す。それでもいいと縋る子はいたけれど、結局耐えられなくなって離れていく。 そういうことを繰り返すうちに、いつしか千佳の周りには、本気で千佳を好きな子ではなく、千佳としてみたい子、ばかりが集まるようになった。 千佳自身も、好きとかそういうのは求めていないらしく、これが楽だとも言い始める始末。 友達としては、正直なところすごく心配だった。 人を好きになれない千佳に、心から好きだと思える人が現れればいいのに、といつも思っていた。 ………俺って結構いいやつじゃない? そんな風に、俺たちは大学までを共に過ごし、卒業して、それぞれ就職した。独特な感性を持つ千佳はデザインの道に、俺はメーカー勤務になった。 そして、たまたま俺の会社の商品が扱われたクラブの内装を千佳が手掛けたことを知って2人でクラブに行った。そして、そこで千佳は人生で初めての恋に落ちたらしい。 その日の千佳は、俺がこれまで見てきた中で一番生き生きした表情をしていたと思う。 「祥、俺やばいかも」 「え?」 飲み物を取りに行くため千佳と離れていたが、帰ってきてみれば口元を抑えて表情が緩むのを堪えるような仕草をする千佳がいた。 「え、なに、具合悪いとか?」 「ちがう、俺、好きな子できた」 「は?」 「一目惚れした」 一目惚れ?千佳が?正直、信じられなかった。今まで、かなり可愛い子や、美人に言い寄られているところは幾度となく見てきた。加えて、千佳が付き合ったりした子たちも、みんな相当に可愛い子ばかりだった。まぁ、それは千佳が選んだというより、自分に自信のある子たちしか千佳に寄って来られなかったという部分もあるだろうが… いつになくご機嫌な様子の千佳。良くも悪くも、千佳はとても素直で、欲望に忠実なところがある。だからこそ、来る者拒まず去る者追わずな状態だったわけで、その千佳が、初めて誰かに執着しようとしている。長年の友達としては、どんな子なのかすごく気になる。  「その一目惚れした子はどこにいんの?」 「知らない」 「は?」 「キスしたら帰っちゃった」 「は!?」 そう言ってヘラヘラと笑う千佳の頬が照明に照らされた時、少し赤くなっていることに気がついた。 「お前、ばかだろ?」 「いやー、肉食な女の人ばっかりだったからね。新鮮だよね、すごくかわいい」 かわいい、その単語が千佳から出てきたことに驚く。千佳がこれまで一度でも、女性に対して可愛いとか、綺麗とかそういう類の言葉をかけているのを見たことがなかった。 これは本気ということなのか、いや、千佳のことだからまだわからない。 それに、千佳にそう言わせる女の子がどんな子なのかとても興味が沸いた。 「お前、その子の名前とか、連絡先とか、聞いたの?」 「聞いてない」 「じゃ、もう会えないじゃん」 「うーん…そうかな」 「そうだよ、あほ」 千佳は頭は悪くない、むしろ勉強はできる方なのにどこか適当なところがある。そんなに表情を変えるぐらい好きなら、引き留めるなりすればいいものを。………あ、キスして叩かれたから無理か。 (やっぱ、こいつバカだ) なんて、悠長ににこにこしている千佳の横顔を見ながら、友達の初めての恋が一瞬にして終わったことを心の中で慰めた。 「まぁ、またいい人が見つかるだろ」 そう声をかけた俺に、千佳は曖昧に笑うだけで返事はしなかった。 そして、一週間後。俺は、この男の運の強さに驚かされることになる。
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