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千佳を信じよう
一週間後、俺は千佳と共に飲みに行った。理由は、俺の近況報告。あのバーで、ちょっといい感じの子がいるという話を千佳にするためだった。
店に入り、案内された席に進む途中、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「はーあ、私が桃ならその場で既成事実作ってたなぁ」
「なんてこと言ってんの」
何やら物騒な言動が聞こえたが、この声には確実に覚えがあった。足を進めるスピードを落として、ゆっくりとその声の聞こえる席へと近づく。
「あれ、茉央ちゃん?」
そう声を掛ければ、この前のクラブで知り合った、現在いい感じの子、茉央ちゃんが振り向いた。
……うん、さっきの物騒な言動は気のせいだ、きっと。
「え!うそ!祥さん!?」
「偶然だね、友達?」
茉央の前には、色素の薄いストレートの髪をさらりと揺らして俺の顔をじっと見つめる美女がいた。
凄まじい透明感に、驚いたのを覚えている。
もちろん、俺の好きな子は茉央ちゃんだけど。
「この子は桃って言います、友達です」
「茉央ちゃんと同じで美人だね」
「やだ、祥さん!照れるじゃないですか!」
はしゃぐ可愛い茉央ちゃん。ちらっと横目で桃ちゃんを見れば、興味なさそうにレモン潰していた。なんだろう、この既視感。
「あ、俺も今日は友達と来てるんだ」
「あ、そうなんですか!」
「うん、あ、こっちくるよ…千佳!」
自分のことにすっかり夢中になっていたが、今日は千佳もいる。お手洗いに行ってから店内に入ってきた千佳は、遅れて俺の方に歩いてきた。
「こいつ、俺の友達の千佳」
「あ、初めまして、茉央です!」
元気よく挨拶をする茉央ちゃんに愛想笑いを返した千佳は、そのまま腰を屈めて桃ちゃんの顔を覗き込んだ。
「また会ったね、オネーサン」
そこで、桃ちゃんがレモンで遊ぶのをやめて、身を縮こめて俯いていたことに気がついた。
千佳に声をかけられた瞬間、びくりと肩を揺らした桃ちゃん。まさか、とここで思う。
「あれ?無視?」
「…………ダレデスカ」
「キスしたら思い出すかな?」
そんなことを言う千佳に、桃ちゃんは警戒心を最大限にしていた。あからさまに千佳と距離取ろうとしている。
「え?知り合い?」
場を何とか落ち着かせるために、一応聞いてみる。
大方の予想はついているが。
「クラブで会った」
「あぁ!え!?千佳の言ってたのって、桃ちゃんだったの!?」
「……桃ちゃん?」
「え、もしかして、桃の初キスの相手!?」
あぁ、やっぱり。千佳が目をつけたのはこの子か。
茉央ちゃんの純粋な驚きと興味から発せられた言葉で確信する。同時に、桃ちゃんは固まるし、千佳はとても楽しそうだった。あんな顔の千佳、見たことない。
そして、貞操感がおかしい千佳はここで再びやらかす。
「へぇ、あれが初めてなんだ」
「ちょっと!茉央!!」
「桃ちゃん、こっち向いて」
「っ!」
流れるようなキス。
友達のキスを目の前で見る気まずさと、衝撃に俺も、茉央ちゃんも固まる。
この2人、キスしてる時の横顔もとんでもなく綺麗だな、なんて思ったりした。
それから、とんでもなく楽しそうな千佳と、現実逃避したくて酒に逃げた桃ちゃんを2人で居酒屋において俺は茉央ちゃんと店を出た。
正直、友達としては千佳に好きな人ができたことは喜ばしいし、応援している。まぁ、千佳の相手をするのはなかなか大変だとは思うが…がんばれ、桃ちゃん。
それと、単に自分が茉央ちゃんと2人きりになりたいっていうのもあった。
「どうしよう、大丈夫かな…桃…」
「まぁ、2人とも大人だから…」
「桃、酔うとすごいんですよ…」
「すごいって…?」
「………男の人なら、襲いたくなっちゃうかも」
「あー…」
正直、千佳なら大丈夫だよ、とは言えなかった。欲望に素直なあいつはもしかしたら、桃ちゃんを食べちゃうかもしれない。
………けど、無理やりやるようなやつではない。
「千佳を信じよう」
「そうですね、桃もわかっててお酒飲んだんだろうし」
「うん。それに、俺は茉央ちゃんと2人で飲みたいな」
「っ、私もです!」
弾けるような笑顔が向けられる。
俺はひとまず、自分の恋路を頑張ることにした。桃ちゃんの無事と、千佳の理性を信じて。
それから、数週間。
どうやら、千佳は桃ちゃんとお近づきになれたらしい。
「桃ちゃんが可愛い」
千佳は会うたびにそんなことばかり言うようになった。これまで何も興味ないみたいな顔ばかりしていたのに、ニコニコと笑ってばかりいる。
以前、一度だけ会った桃ちゃんは確かに可愛かった。透明感抜群の美女だった。口は結構、悪そうだったけど。
「で、桃ちゃんとはいい感じなの?」
「祥、呼び方変えてくれる?」
「……お前、たいぶ心狭いな」
あんなに女の子に興味のなさそうだった千佳は、どうやら好きな子にはとんでもなく執着するタイプらしかった。たぶん、かなり独占欲が強い。
「毎週会ってんの?」
「んー…まぁ、桃ちゃんの都合が合うときは」
「脈ありそうだな?」
「そうだね、キスしても怒らないくらいには」
「お前…なんでそんな手早いんだよ」
「桃ちゃんって、食べちゃいたくなるんだよね」
獲物を仕留める直前のような、そんな鋭さのある顔つきで心底楽しそうに千佳が笑った。俺はそんな千佳を見て、桃ちゃんの平穏を願った。
だが、間も無くして、桃ちゃんは千佳に食べられてしまったらしい。あくまで、俺の予想。なんでわかるかって?
「桃ちゃんが可愛すぎて、俺死ぬかも」
数週間ぶりに会っている千佳の、桃ちゃんへの執着具合が悪化していたからだ。
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