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基本桃ちゃんにしか興味ないけどね
数週間ぶりに会った千佳は、人が変わったようだった。
「今朝もさ、桃ちゃんが抱きついてくるんだよ。もう、抱くしかないよね」
「ちょっとまて。もう何がなんだかわからないし、お前そんなキャラだっけ?」
「俺、もともとキャラとか意識してないけど?」
そうだった。あくまで千佳は、素直に生きているだけだ。斜に構えてるとか、そんなのではなくて、ただ、気持ちのままに動いているだけ。
………うん、改めて思うと、こいつ危険だわ。
桃ちゃんの身が心配になってきた。
「千佳、桃ちゃんとどうなってるのか説明しろ」
「祥がその呼び方やめたらいいよ」
「……木下さんとどうなってんの?」
「付き合ってる、たぶん」
「たぶん?」
「付き合うとか、そういう話してない」
「は?でも、お前、今朝もって…」
「ほぼ毎日一緒にいる」
「それで付き合ってないの?」
「千佳が欲しいとは、言われた」
真面目な顔でそういう千佳に俺は何とも返すことができなかった。桃ちゃんも、欲しいってなんだ。ちょっと欲を満たしたい的な、そんな意味か?
千佳もだいぶやばいやつだと思ってたけど、桃ちゃんももしかしたら負けてないかもしれない。
そういえば、居酒屋で会ってレモン潰してる姿、千佳が興味なさそうにしてる姿に似てたな…
あれかな、デザイナーってそういう気質なのかな。
「付き合ってって言ってないの?」
「言ってない」
「なんで
「忘れてた」
あっけらかんという千佳を唖然と見てしまう。確かに、こいつのこれまでの過ごし方を考えると、付き合うってことが尊い行為だってことに結びつかないのは納得だ。
「付き合ってくださいって言ったほうがいいぞ」
「なんで?」
「付き合うってことは、お互いが好き同士で唯一無二だっていう証明だから」
お互いが特別なのだと、そういう位置付けをするものだと話していると、千佳のスマホが鳴った。その音で俺も千佳の方を見る。
「あ、桃ちゃんだ」
「出ていいよ」
「うん」
通話ボタンをタップして、千佳が電話に出る。そして、これ以上ないくらいの優しい顔で何やら話している。
そういえば、千佳が連絡を取るのは珍しいかもしれない。これまで一緒に飲んでいる最中にかかってきた電話に出るのを見たことがなかった。
それぐらい、桃ちゃんが好きなんだろう。友達として、心配していた千佳が好きな子に一途になっていく姿は安心する。
「祥、桃ちゃんと、その友達今から合流しないかって」
「あぁ、いいよ」
その友達ってことは茉央ちゃんか。茉央ちゃんとは、定期的に連絡を取って、たまに会ったりしている。残念ながら、まだ付き合ってない。たぶん、俺が一歩踏み出さないから。
「祥は桃ちゃんの友達とどうなの?」
「うわ、千佳にはじめてそういうこと聞かれた」
「そうだっけ?」
「そうだよ、お前恋愛に対して興味ゼロだっただろ」
「そんなつもりはなかったけど…」
「まぁ、いいことだよな。他人に興味を持てるようになったんだから」
「基本桃ちゃんにしか興味ないけどね」
「おい」
そんなくだらない会話をしながらも、俺は嬉しさで胸が満たされていた。ずっと心配していた千佳に、ようやく大切な人ができそうだ。
「千佳、俺もちゃんとするからさ」
「うん?」
「お前も、ちゃんと桃ちゃんと付き合えよ」
「呼び方」
「………木下さんに、付き合ってくださいって言えよ、ちゃんと」
「………もちろん」
言われなくてもわかってるよ、と笑う千佳。
きっとまた、桃ちゃんに何かしようと考えているんだろう。気の毒な桃ちゃん…
だが、千佳はちょっと変わったやつだけど、いいやつではある。いいやつエピソードは、また今度紹介したいと思う。とにかく、千佳のことは、友達として保証しよう。
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