できるよ

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できるよ

普段は巻かないストレートの髪を、コテで緩く巻く。メイクも、いつもはシンプルだけど、今日はいつもよりも入念にしてみる。 いつもシンプルな服装も、今日は少し違う。控えめに広がるワンピースで、透け感のある袖。大人っぽい可愛さが気に入っていた。 お気に入りのアクセサリーをつけて、玄関にある姿見で全身をチェックする。 「……まぁ、大丈夫かな」 デート、というものに人生で初めて行く。緊張でドキドキとなる胸を落ち着かせるように息を吐くと、桃はパンプスに足を入れて玄関を出た。 待ち合わせ場所である駅前に着けば、千佳から着信が入った。 「もしもし?」 『あ?桃ちゃん?もう着いてるよ…』 今日は千佳が車を出してくれることになっていた。教えられた場所も車のナンバーを探して、桃は車に乗り込んだ。 「おはよう、あの、ありがとう」 車に乗り込めば、相変わらず綺麗な顔で微笑む千佳の姿。 「桃ちゃん、今日もすっごく可愛い」 「………どうもありがとう」 (……千佳の方が、全然かっこいいのに) 自分だってわりと頑張ってオシャレをしてきたつもりだったが、ハンドルを握る千佳がいつもの倍は格好良く見えて、そんな風に思ってしまう。 それに、桃は人生で初めてのデートというものに、心臓がずっとばくばくとしていた。 千佳とはもう、何度も2人でご飯に行ったり、夜も…一緒に過ごしているのに。 デートに行こうと言い出したのは千佳の方からだった。千佳を受け入れたあの夜から、二人はこれまで通り会って、夕食を食べて、そしてたまに一緒に夜を過ごすことをしていた。次の日に部屋で一緒に過ごしたり、近所のカフェに行ったりはしていたが、きちんと休日を一日使ってのデートはしたことがなかった。 もっとも、千佳と付き合っているのか、と聞かれると桃は何とも答えづらかった。千佳のことは、好きだ。それはあの夜、実感した。けど、そこから、付き合うとかそういう話はしていない。千佳も変わらず、桃に触れたり、甘い言葉をかけてくるけれど、そういった話題は振ってこない。 二人は確実に、気持ちは見せ合っているけれど、それだけだった。 (そもそも、デートって付き合ってる男女が行くもの…?) 恋愛を疎かにしてきた桃には、それらの線引きがよくわからない。でも、茉央の話などを思い返してみれば、茉央は付き合う前にデートに行っていたこともあった。だから、きっと、デートとは付き合ってなくても行くものなんだろう。桃はそう納得した。 「桃ちゃんは、運転とかするの?」 「できるよ」 「へぇ、意外」 「あんまり上手じゃないけど」 「まぁ、乗らないと慣れないよね」 「今度、千佳のことは乗せてあげる」 「俺は桃ちゃんに乗られる方がいいな」 「……その言い方やめてくれる?」 楽しそうに笑う千佳の横顔を見ながら、桃も呆れつつも笑う。千佳は恥ずかしいことを恥ずかしげもなく突然言ってくるから、桃としてはいつも色んな意味でドキドキとさせられっぱなしだった。 そんな様子で車の中は、千佳との他愛のない会話を繰り広げた。目的地は1時間ほどかかる場所にあるショッピングモールだったが、あっという間に到着した。 「運転してくれてありがとう」 車を降りると桃は頭を下げて千佳に丁寧にお礼を言った。千佳は優しく微笑むと、桃の手を取る。 「どういたしまして。行こう」 「うん」 手を繋ぐのは初めてではない。ただ、千佳を受け入れたあの夜以降、千佳は手を繋ぐとき、指を絡めるようになっていた。 自分よりも太くて少し硬い、骨がしっかりしている指の感触に桃はいつもドキドキする。そんなことは、千佳には言わないけれど。 「桃ちゃん、欲しいものとかあるの?」 「特には…」 「じゃ、俺がやりたいことやってもいい?」 「うん?いいよ?」 やりたいことなんてあったのか、と素直に頷いて千佳についていく。連れてこられた先は、女性物の服が売っている店だった。 「千佳、ここで何買うの?」 「桃ちゃんの服」 「は?」 「桃ちゃんに俺があげた服、着せたい」 そういうと千佳は、店内を物色し始めて、目についた服をどんどん桃に渡してきた。 (俺があげた服を着せたいって…) なぜ千佳が言うと、なんだか官能的な感じに聞こえるんだろうか。自分がいけないのか、それとも千佳がいけないのか、桃は服を受け取りつつ頭を悩ませた。 「はい、じゃあ、試着して」 「え、あ、」 桃が頭を悩ませているうちに、服を選び終えた千佳はいつの間にか店員さんに声をかけて、試着室へと桃を押し込んだ。 (……仕方ない) 桃は渡された服を壁にかけると、自身のワンピースを脱ぐ。試着なんていつぶりだろうか。普段の桃は、トップスにスキニー、もしくはスーツという格好がほとんどだった。もちろん、今日のように出かける場合には、それなりに着飾るけれど。 (これ、可愛い…) 試着室の鏡に映る自分の姿を見て、素直にそう思った。黒地に透け感のあるワンピース。今日着ているものは、ピンクグレーのような色味だったが、このワンピースはぐっと大人っぽさが引き立てられる。 千佳が選んだ服はどれも大人っぽい可愛さがあって、桃の好みにドンピシャだった。 コンコンっとドアが叩かれて、千佳が声をかける。 「桃ちゃん?着れた?」 「うん」 「開けるよ?」 そう言ってドアを開けた千佳は桃を見るなり満足そうに微笑む。その笑みは桃の心臓もきゅうっとするぐらいに綺麗でどこか可愛くて、周りの店員さんも目を奪われていた。 「桃ちゃん、すっごく可愛い」 「………千佳の方が可愛いと思うけど」 「俺が可愛い?……まぁ、いいや。じゃ、あとの服も着てね」 そうして、千佳が選んだ服を繰り返し試着させられて、その度に千佳の綺麗で可愛すぎる笑顔を向けられて、最終的に全部プレゼントされた。 千佳が全部買うと言った時、桃はもちろん止めたが千佳は聞く耳を持たなかった。それどころか、自分が買ったものをいつも着てほしいと言い出し、普段着まで買おうとする始末だった。 「バカじゃないの?」 「桃ちゃんにバカって言われるの、けっこう燃える」 「っ!もう、千佳!」 デートといっても、千佳とは桃の会話はいつもと変わらなかった。千佳の軽口に、桃はちょっと怒ったりするけれど、そのやりとりを二人は楽しんでいた。 お昼はいろんなものが食べられるからと、フードコートに入って二人でシェアする。側から見たらすごく仲の良いカップルだった。 昼を食べ終えた後は、インテリアを見に行ったり、ぶらぶらとモール内を見て回った。二人とも同業だったこともあり、インテリアや雑貨を見るだけで、好きなデザインとか色味とかそういった話で会話が弾んだ。 「あ…」 コスメショップの前を通りかかったとき、桃のデザインしたパッケージと、一緒に写っているモデル、リサの姿が目に入った。思わず足を止める。 「あ、これ、桃ちゃんがデザインしたやつだね」 「うん…」 パッケージもそうだが、桃はそれ以上にリサのことが気になった。気にしてどうするということでもないが、リサは千佳が好きだと言っていた。 (……そういえば千佳も、リサちゃんとかって呼んでたな) ふと思い出すと、心にちくっとした何かが刺さる。 「桃ちゃん?」 急に黙った桃の様子に、千佳が不思議そうに顔を覗き込む。 「千佳」 「なに?」 「リサちゃんとは…仲良し?」 そんなことを今更、突然聞くのも恥ずかしくて、千佳と目を合わさないまま、でも、繋がれていた手はきゅっと握った。 嫉妬心だってことはわかっていた。でも、それを隠す理由も、桃にはもう無い。 桃は、恋愛経験が皆無だったことと、千佳との出会い方があれだっただけに頑なになっていただけで、そうでなければ本来、恥ずかしがり屋なだけで、けっこう素直な性格だった。 俯く桃の耳が真っ赤になるのを見て、千佳は抑えきれない笑みを隠すため、あいている手で顔を覆った。もうこのまま腕を引いて、早急に車に連れ込みたい気持ちになったが、それはぐっと抑えた。 「リサちゃんとは、仲良くないよ?」 「……じゃあ、なんでリサちゃんって呼ぶの?」 「“リサちゃん”としか名前を知らない」 「え?」 「リサちゃんって、呼ばれてて。それしか呼ばれ方知らないんだよね」 「……自己紹介とか、されてるでしょ?」 「されたとは思うけど、興味なくて忘れちゃった」 あの子はクライアントではないしね、と千佳が続ける。ほっとしたような、ちくりとした痛みが抜けたような安心感が桃の心にじわりと広がった。 同時に、些細なことでヤキモチを妬いてしまった自分が大人気ない気がして、恥ずかしくなる。 「そ、なんだ」 「うん、だから、あの子のことはもう気にしなくていいよ」 「いや、うん…わかった」 「俺は桃ちゃんにしか興味ないから」 「うん、わかった、もう、わかったよ」 「嫉妬する桃ちゃん、可愛い」 「もう、いいから、わかったって!」 店先だというのに、すり寄ってこようとする千佳を押さえる。愛情表現は有難いが、外ではやっぱり恥ずかしい。千佳には、羞恥心ってものが抜け落ちてる気がする。 その後も、千佳は桃を安心させるように口をひらけば甘い言葉を吐いて、手はいつも以上にしっかりと絡めた。 日も暮れかかった頃には、二人で再び車に乗って帰路につく。夕飯は、地元のお店で済ませた。 「じゃあ…一日、ありがとう。楽しかった」 家の前まで送ってくれた千佳にお礼を告げる。明日は仕事なので、今日はこれで解散ということになっていた。一日中一緒にいると、離れるのが寂しい、そう感じた。 「桃ちゃん」 千佳は桃を呼んで振り向かせるとキスを落とす。もう、すっかり慣れた千佳とのキス。桃は安心感すら覚えるようになっていた。 「千佳、」 お別れのキスかと思って、千佳の顔を見ればちょっと迷いがちの瞳が桃を捉えていた。 「これ、あげる」 そう言って、桃の手を握った千佳が少し冷たくて固いものを桃の右手の薬指に通した。 「これ…」 「桃ちゃんにあげるのは、恐れ多いんだけどさ」 桃色の石が飾られた可愛らしい指輪。桃の目から見ても、すごく可愛い。 「桃ちゃんに彼女になってほしい」 「千佳…」 「彼女の印」 ずっとつけてね、と微笑む千佳に桃は思い切り抱きついた。恥ずかしいとか、そんな気持ちは嬉しさで超えてしまっていた。 「千佳、すき」 そして、桃からのはじめてのキスを千佳にした。
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