とりあえず、全部見せてくれる?

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とりあえず、全部見せてくれる?

どの業界でもそうだとは思うが、ジュエリーを購入する人にも様々な人がいる。 自分へのご褒美、大切な人へのプレゼント…色々な理由があって買いにくる。ジュエリーは決して安くはないから、1つ2つ買われるお客様がほとんどだ。 ただ、たまに、とんでもないお客様がいたりする。 「とりあえず、全部見せてくれる?」 桃は今、そのとんでもないお客様に遭遇したところだ。 「全部、ですか?」 「全部よ。ここからここまで。全部」 いつものように市場調査で訪れたセレクトショップで、迫力のある絶世の美女がショーケースに並べられた商品を全て見せろと要求していた。 綺麗な人だなと思って見ていたら、突然店員に向かってそんな要求をするものだからびっくりする。しかも、美女が指定したショーケースは桃のブランドのジュエリーが多く並べられた棚だった。 美女の行動と自分のジュエリーに対する反応が気になり、あまりいただけないとわかっていてもついその場で立ち止まってしまう。 「うん、やっぱりこれが一番素敵だわ」 そう言って美女が手に取ったのは、桃が手がけたネックレスとピアスだった。美女の真っ直ぐな言葉に、思わず桃の顔が綻ぶ。自分の作ったものが褒められるのは素直に嬉しい。 「じゃ、このブランドのもの、全部ちょうだい」 「え!?全部、ですか?」 「そう、全部。よろしくね」 美女はそう言い放つと、あとで商品を受け取りに来るから、と言い支払いを済ませて颯爽と店を出て行った。 (……なんて豪快で迫力のある美女…) 桃は美女の美しい髪が揺れる後ろ姿から目が離せなかった。これまで、桃のつくったジュエリーを手に取ってくれた人はいたけれど、一気に全て購入していく人など初めてだった。それぐらい気に入ってもらった、ということならもちろん嬉しいが。 あの迫力のある美女を自分のジュエリーがさらに飾ってくれますように、と桃は密かに願った。 ----------- -------- 「へぇ、それは。すごいね」 「でしょ。ハイブランドではないからすごく高いわけじゃないけど、安くはないのよ?」 いつも通り、千佳と飲み交わしながら今日の出来事を話す。千佳も桃もデザイナーとして独立していて、時間の融通は利きやすいということもあり、最近ではさらに会う頻度が増えていた。 今日のお店はちょっとおしゃれなイタリアンのお店だった。少し暗い店内は暖色のライトで照らされていて雰囲気がいい。席はカップルシートのように横並びで座る席が多く、桃と千佳も横並びに座っていた。 「その女性がね、もうすごい美人でね」 「へぇ」 「背も高いの。たぶん、170cm近いかなぁ…でね、迫力もすごくて」 「それで桃のジュエリー買い占めて行ったんだ?」 「そうなの、すごくかっこよかった」 なんて千佳に話していれば、斜め前あたりから突然、大きな声とグラスが割れるような音が響いた。 「おい、何すんだよ!」 「え?あぁ、何されたかわかんない?じゃ、もう一回してあげるわ」 バシャッという水音と共に、氷が床に落ちる音が響く。その凄まじい音と光景に、周囲の客は一様にそこを見ていた。もちろん、桃と千佳も。 そして、桃は気づく。 「「あ」」 たった今、男性に向かってドリンクをぶっかけた女性は今日お店で見た迫力のある美女だった。 自分があげた声と同時に、隣にいる千佳からも声が上がったことに気がついて桃は千佳を見る。すると、千佳はなんとも言えない気まずそうな表情を浮かべている。 「千佳?」 「いや…うーん…」 曖昧な笑みを浮かべたまま何も言わない千佳を不思議に思うが、それを追求する間もなく迫力ある美女とびしょ濡れの男性の声が店内に響く。 「これでわかったかしら?」 「てめぇっ…」 「あら、女性に手をあげるの?」 「あぁ!?」 「倍にして返すけど…いいかしら?」 「この、クソ女!」 怒号が上がったかと思うと、ガタンッと机が揺れる音が響き、美女に殴りかかろうとしていた男性が呻き声を上げて倒れた。 「う、わぁ…」 「…………」 美女は思いっきり足を振り上げて、男性の股間を容赦なく蹴り上げていた。その仕草さえも、とても美しい。 「失せろ」 「っゔっ…!」 吐き捨てるように言い放った美女は極めつけにさらに男の股間を踏み潰したらしい。離れた席からでも相当に痛がる男性の声にならない声が聞こえてくる。 聞こえてくるのは、その凄まじい光景に店にいる全員が注目しているから、というのもあるのだが。 「ほら、早く立って出て行って?お店の迷惑でしょ?……あ、痛くて無理ね。すみませーん、店員さん、ここに急病人がいまーす」 美女は艶やかにそう言って笑って店員を呼ぶ。呼ばれた男性店員たち何人かに支えられるようにして、男性は店を出て行った。 「……すっごいねぇ…」 「………………」 「千佳?」 初めて見た壮絶な修羅場らしき場面に感嘆の声を漏らした桃とは違い、千佳はなんとも言えない表情のまま固まっている。そして、桃に呼びかけられるとにっこりと笑って、 「今すぐここから出よう」 と言った。千佳が桃のバッグや伝票を持って立ち上がるので、桃も急いで立ち上がる。 「ちょ、千佳、まだ色々残ってるのに、」 「別の店で食べよう」 「え、何急に、」 「ここは危ないから」 「え!?」 危ないとは先ほどの光景のことだろうか。だとしたら、男性はもういないし、あの迫力のある美女がこちらに殴りかかってくるようなことはないだろう。だが、桃はわけがわからないまま千佳に手を引かれる。 急足で向かったレジで会計を済ませようとしたその時、 「千佳?」 はっきりと芯のある声に呼ばれた。桃がすぐさま声の方向を見れば、そこにはあの美女の姿、そして見知った女性。 「香織さん!?」 「桃ちゃん!?」 迫力美女と共に、仕事仲間である香織がいたのだ。 「え、なんでここに…」 「香織さんこそ…」 「あ、私は友達と飲んでて」 「え、友達ってこちらの…」 「千佳」 友達ってこちらの方ですか?と聞こうとするも、桃の声はさっきよりも遥かにドスの聞いた迫力ある声にかき消される。 「ちょっと千佳」 「………」 美女が千佳に話しかけるも、千佳は一向に応答しない。それどころか、体の方向すらも美女の方に向いていない。 最初の呼びかけからずっと、千佳はこの美女に一切応じていなかった。 「千佳、どうしたの?」 「いや、ちょっと…」 不思議に思って桃が千佳の顔を覗き込むも、依然として千佳の表情は硬い。 「あら、あなた、千佳の彼女?」 「あ、はい…」 美女は応じない千佳から桃にターゲットを変えたのか、桃ににっこりと微笑みかけた。 (あれ…なんか、知ってる顔…?) その有無を言わさないような、魅惑的な笑みに既視感を覚える。そして、その答えはすぐにわかった。 美女は綺麗にネイルされた美しい手をすっと桃に差し出してこう言った。 「はじめまして、千佳の姉の玲です」 迫力美女の正体は、千佳の姉だったのだ。
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