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一目惚れしちゃった!
「千佳の、お姉さん!?」
驚きのあまり何度も千佳と美女、もとい玲を交互に見てしまう。
(ってことは、あの日、高級ジュエリー店から一緒に出てきた人ってことか…)
以前、自分が勘違いした人は、この人だったのかと妙な納得感を覚える。そんな桃の様子を楽しそうに眺めていた玲は千佳の方に視線を戻した。
「可愛い子ね、千佳」
「何の用?」
桃に目をつけられては流石に無視できなかったのか、ずっと応答していなかった千佳はようやく玲の方に顔を向けた。
その表情は、心底嫌そうな顔だった。
「あら、可愛い弟が女の子連れて歩いてたら声かけるでしょ?普通」
「男に酒ぶっかけて股間蹴り上げるような姉、桃に会わせたくなかった…」
「あら、見てたの?」
「店中の人が見てたよ」
呆れたように言った千佳はすっと桃の手を引くと、背にに隠すように立った。桃は玲が気になって、千佳の背から顔を覗かせて2人の様子を伺う。すると、玲の隣で苦笑いしている香織と目が合った。
「あの、とりあえず、お店を変えて話しません?」
「そうね」
「いや、俺は桃と2人で夕飯にいくから」
玲はきっぱりと言い切る千佳に怪しげな笑みを見せるとそのまま桃の方を見る。はっきりとした二重に長いまつ毛が玲の迫力を増していて、桃は少し身を固くした。
「桃ちゃん?」
「は、はい、木下桃です」
「千佳と2人がいいのかしら?」
「え、えっと…」
「私とは仲良くしたくない?」
「い、いいえ!そんなことないです」
「じゃ、決まりね。ほら、千佳。桃ちゃんは良いって言ってるわ」
「言わせたんだろ」
「はい、じゃあ、お店を出ましょう。千佳、一緒に払っておいてね」
決定事項だと言わんばかりに、玲は香織と桃の手を引いて店を出る。残された千佳は大きくため息をついて、自分たちと玲たちの分まで支払いを済ませて、急いで店をでた。
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新たに移動したお店は、玲と香織がよく来るという清潔感のある和食のお店で、個室に通された。
「ゆっくり話がしたいものね」
と心底楽しそうに笑う玲とは違って、千佳はうんざりした表情を浮かべている。桃は苦笑いすることしかできず、玲の隣にいる香織も同様のようだった。
「それにしても、玲のあの弟くんの彼女が桃ちゃんなんて…びっくりしたわ。あ、私、桃ちゃんと仕事で知り合いました、香織と言います」
ひとまず場を整えようと、香織が千佳に自己紹介をして、千佳もそれに答えて頭を下げる。
桃は香織が何気なく言った、“あの”弟くん、と言う言葉が少し気になって、おずおずと口を開いた。
「あの、香織さんは千佳を知ってたんですか…?」
「え、あぁ、うん、知ってたよ」
「千佳は…?」
「いや、俺は初対面」
「じゃあなんで…」
「あー、あのね、私、玲とは学生時代からの友達で」
香織が、ね、と同意を求めるように玲を見ると、玲はににっこり笑って桃を見た。
明るいところで見ると、より千佳に似ている気がする。どちらも美しい顔をしていて、美形姉弟なのだと感心してしまう。
「桃ちゃんにあまり嫌なこと言いたくないけど、千佳って最低だったでしょう?」
ダイレクトな物言いに、桃は目を丸くする。千佳は思い当たる節がありすぎるのかそっぽを向いていて、香織は困ったように笑っていた。そんな様子を気にすることなく、玲は言葉を続ける。
「今はどうだか知らないけど、当時は本当に最低な男でね。それで有名だったの」
「あぁ…なるほど」
きっと学生時代の千佳は、それなりに遊んでたはずだ。それは、出会った時の様子を考えればよくわかる。今更、そんなところに嫉妬…しないわけでもないが、とりあえず今は玲の話を聞こうと桃は気にしないようにした。
「まぁ、千佳のことなんてどうでもいいわ」
「え?」
「私は桃ちゃんにとっても興味があるの!」
「え、私、ですか…?」
「そう!一目惚れしちゃった!」
「…………」
あ、姉弟だ。
桃は瞬間的にそう思った。見た目の既視感もさることながら、このセリフ。隣に座る千佳は心底嫌そうな表情を浮かべている。にっこり微笑む玲と、そんな千佳を見て、桃は思わず、笑ってしまった。
「あら?どうして笑ってるの?」
「いえ…弟さんにも、初めて会った時に同じことを言われたので…」
「あら、千佳、私の真似?気持ち悪い」
「そっちの方が後だろうが」
姉弟のやり取りと、見たことのない千佳の様子に桃はついくすくすと笑い続けてしまう。そんな様子を見て香織が、
「玲と弟くん、似てるもんねぇ」
と呟いて、それに対して2人して、似てない!と返すのだからさらに面白い。
「こんなやばい女が姉だって桃ちゃんに知られたくなかった」
「は?私のどこがやばいのよ?」
「男の股間容赦なく蹴り上げるところとか」
「潰さなかっただけ手加減したわ。ねぇ、香織?」
「そうだね、玲にしてはそんなに手を出さなかったね」
あれでそんなに手を出してないという事実に桃は驚きを隠せず、つい千佳の方を見る。千佳は苦笑いしながら桃の手を机の下で握る。
「ごめん、うちの姉、ぶっ飛んでるんだよね」
「……千佳に似てるって…」
「俺は絶対、あそこまでじゃない」
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