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切見世 弐
「此方はお部屋の番号となっておりまして、ロッカーの鍵でも御座いますので、なくされぬよう御注意下さい。先ず、隣の部屋にお入り頂き、お召し物をロッカーにお預け頂きます。ロッカーは番号と同じ物をお使い下さい。其の後、壁の矢印を辿って頂きまして、護摩湯に、十五分、其れから併設されたシャワーで汗を流しましたら、これにお着替え下さい。館内着となっております。御滞在中は、これをお召し頂いております。お召し換え頂きましたら、『此方』と書かれた暖簾が御座いますので、案内に従い、此の番号のお部屋にお入り下さい」
と、番台の男は澱みなく説明し終えるなり、藍染めの甚兵衛と白いタオルを俺に渡した。其れを受け取りながら、会計はいつか、考えた。が、訊く勇気はなく、唯々諾々、上がり框にて靴を脱ぎ、両手に荷物を提げつつ男の手が指し示す木戸へ入った。
戸の向こうは銭湯の脱衣場と変わりなく、縦長のロッカーが列をなす合間に裸の男達がひしめいている。他の客がいるというだけで人心地着く。
俺はいそいそと「三十六」を探した。これがなかなか見付からない。散々ウロウロした挙句、部屋の最奥、暗い隅にひっそりと佇む「三十六」を冠したロッカーに行き着き、やっと安心する。取っ手を引き、其のロッカーを開ける。と、近くにいた客達が一斉に俺を見やった。其の視線の胡乱な事……知らず識らず失敗でもやらかしたか?……裸の男達にジロリと睨まれ、俺はスッカリ肩身が狭くなって、急ぎロッカーの下段に靴を入れ、上着を上段のハンガーに掛ける。そんな風にコソコソと着ている物を脱いでいったのだが、周囲に監視されながらの脱衣は実に居心地が悪く、板張りの床に足の指が酷く慄くのを感じながら、どうにか全て脱ぐと、下着とタオルと甚兵衛を持ち、忘れずにロッカーの取っ手に木札をかざして鍵を掛け、刻み足で其の場を退散した。
壁に張り出された矢印を頼りに「護摩湯」と看板の出た格子戸の前へ行く。其の戸を引けば、中は再び脱衣場になっており、部屋の中央には棚に麻編みの籠が幾つも置かれていた。此の籠に甚兵衛だのを預けておくものだろう。部屋には左右と正面にそれぞれ戸があり、左手のものは硝子戸で、向こうはシャワー室になっている。右手の扉の前には「此方」と染め抜かれた暖簾が掛かっている。してみると、順番としては正面が最初か。
籠に荷物を入れ、正面の黒い木戸を横に滑らせた。これが意外と重かった事に驚いた。更に驚いたのは、「護摩湯」の正体である。俺はてっきり広い湯舟でもあるのかと予想していたのだが、然に非ず、湯気ばかり立ち込める室内には、段々の腰掛けがあるばかり。早い話がサウナである。男達が、じっと座って、焚きしめられているのである。というのも、室内に充満する湯気は唯の水蒸気でなく、抹香に似た濃い香りがするのだ。
後ろ手に戸を閉め、空いている場所に座し、他の客同様、後はひたすらに蒸される。扉の真上には時計が掛かっている。受付には十五分はいろと言われたな。しかしこれにどんな意味があるのか?よく判らぬ儘、する事もなく、腕でも組んでみる……どうやら、部屋に充満する此の湯気は腰掛けの真下から立ち上っているらしく、太腿の裏が矢鱈に熱い。次第に汗も噴き出し始める。俺を含めた全員が険しい顔で時計の長針を見詰めていた……十五分後、全身ビッショリの俺は「護摩湯」を出、外気の涼しさに癒された後、隣室にてシャワーを浴びた。汗を流すと生き返る様であった。が、抹香の匂いは身体に染み着いて、容易に取れそうもなかった。寺院めいた匂いを発する肌をタオルで拭き、甚兵衛に着替える。
ようやく準備が整った。これで暖簾が潜れる。
着替えの時から観察していたが、先程からあの暖簾を何人もの男が出入りしている。入る者は当然として、出る者もいるという事は、帰る際も彼処からか。其れもそうだ。ロッカーに服やら何やら預けているのだから。
俺は手中の木札を改めて見た。「三十六」。此の番号の部屋を訪ねればいい。其れから聞き込みを……そうとも……仕事をしなければ。
いざ。生唾を飲み込み、暖簾を潜る。
と、突然に暗く、湿っぽい、洞窟の様な場所に出た。
朧な電燈にひっそり照らされた細長い廊下、其の両側にギッチリと焼き板木戸が連なり、男女の秘め事が漏れ聞こえている。棟割長屋か刑務所かといった様相。木戸にはそれぞれ番号が割り振られ、一番近い物には「一」、ぐるり一周して反対側の戸には「十二」と彫られている。其れから、廊下の中央には下りの階段がある。
未だ下があるのか。
数字は「十二」で打ち止め。俺は愈々地獄に落ちる覚悟で階段を下りた。
地下二階、造りは上と同じだ。此処の数字は「十三」から「二十四」迄。仕方なく、又下る。地下三階。心なし、空気も冷え冷えしてくる。天井の電燈も切れ掛けているのか、チリチリと鳴っている。辺りはしんとして人気もなく、かと思えば、いきなり男の哄笑が轟いた。怪物が吼えたが如く、一帯に反響し、身に迫る。俺は思わず飛び上がった。こうなっては「三十六」だけがよすがである。急ぎ戸の数字を見て回り、廊下の一番奥にある「三十六」に辿り着いたのだった。俺は戸に手を掛け、束の間、躊躇する。入れば其れ迄、けれど受付はしてしまったのだから、入らなければ店の迷惑になる。廊下で立ち尽くしてもいられない。鬼が出るか蛇が出るか……えぇい儘よ……痺れる手で戸を開ける。
と、女が一人、いた。
裸電球の吊り下がる、白々照らされた三畳の畳敷き、木板の壁、女、其れだけの簡素な、うら寂しい部屋である。正座する女は俯いていた面を上げ、俺を見やった。凡そ感情のない瞳、血の通いのない白い肌、長い黒髪、痩せた身体。其の身体を包む黒地の浴衣に描かれた鬼灯と、髪の結び目に挿さった玉簪の赤色ばかりが異様に鮮やかである。
本当に人間だろうか。人形ではなかろうか。
生気のない、美しい女を見、訝しむ。いや、美しいと言っては語弊がある。形の良い瞳や、少し開いた薄い唇、高い鼻、引っ込んだ顎、と、部位は見目よく、収まりもいい。が、そんな女の顔をズット鑑賞していると、美しいという後に、二の腕辺りが粟立つ様な、焦燥と憂患とをない交ぜにした気分に不思議と落ち込んでいくのだ。
「いらっしゃいませ」
と、女に声を掛けられ、俺は慌てて戸を閉めた。
「どうも」
俺は変にペコペコしながら女の前に座った。
「維織と申します。宜しくお願い致します」
女はそう名乗ると、三つ指ついて頭を下げた。
「維織さん」
俺が名を呼ぶと、維織は顔を上げて、
「はい、維織で御座います。お話は承っております。今夜一晩、お買い上げ頂きまして、長いお時間の御指名、誠に有難く存じます」
と、再び頭を下げた。其の動作の全てが妙に機械的であった。言葉の抑揚は乏しく、決まった台詞を自動で読み上げているみたいだ。実際、口上が済んでしまうと維織はもう黙り込み、其の硝子玉めいた瞳で俺を眺めるのだ。これは俺から話すべきであろうか。しかし、果たして、どう会話を切り出せばいいのやら。沈黙が二人の間に降り掛かり、電球のジジジッという音が羽虫の様に煩わしかった。
「お客様」
俺の背中を冷汗が伝う中、俄かに役目を思い出したのか、維織が口を開いた。
「お飲物やお食事は如何でしょうか。其れとも、早速、床遊びの支度を致しましょうか」
訊かれても困る。遊郭での作法なぞ、俺はまるで心得ていないのだから……。
「あの、さ」
困る、ではない。何をしに此処迄来たのか。俺は己を叱咤し、恥を忍んで、本心を打ち明けた。
「俺はこういった所……吉原に来るのが初めてで、右も左も判らないんだ。だから色々訊きたいんだけど……例えば、料理は頼んだ方が良いのかとか、上に、つまり太夫の階に行く方法とか。初対面で失礼かも知れないけど、どうだろう、教えて貰えないかな?」
しかし維織はキョトンとして何も応えない。俺も次の巧い言葉が出て来ない。畢竟、沈黙が狭い室内を占め、抹香の匂いと明る過ぎる電球の光が段々忌まわしくなってくる。
「おーい!兄ちゃん!」
其の時である。湿っぽい木壁越しに、男のものらしい低いダミ声が喚いてきたのである。俺は両肩をビクリとさせて驚いた。が、維織は何でも無い風で、声の方をゆっくり一瞥していた。
姿の見えない男は、相変わらず大声でこう続けた。
「悪ィな。盗み聞きする積もりはなかったけどよ、ホラ、安普請の薄い壁でよ、お愉しみ迄筒抜けだもんで、どっちの部屋の喘ぎなんだか、混ざっちまうって塩梅でね。へへっ……其れでよォ、話は聞かして貰ったけどよ、そういう所以なんてなァ。久し振りに『三十六』の客だってんで、どんな奴かと常連連中で噂してたけどよ、兄ちゃん、初めてとはな、ツキがねェやな。いや、あべこべに当たりかも知んねェが……へへっ……兄ちゃん、太夫に行きてェんだって?ならよ、兎に角、金を使うこった。地獄の沙汰も金次第ってな。こっちに恵んでくれてもいいんだぜ。こっちは『三十五』だからよ」
男が語る間、嗄れた女の声で「止しなよ、もう」と、多少の嘲りを含んだ調子で、幾度も合いの手が挟まった。
「どうも、助かります」
俺は壁越しに礼を言い、維織に向き直った。
「……とまぁ、助言も貰っちゃったし、使い込もうか。高い料理と酒を二人分……隣の『三十五』にもお願いしたいから、四人分かな」
「畏まりました」
維織は正座の儘、背後へ身体を少し捻り、其処の壁に、
「一番良いお酒とお料理を、四人前、お願いします」
と囁いた。仕組みは判らないが、これで注文は済んだらしい。
「有り難う。じゃあ、料理が来る迄、話しでもしようか」
三度の沈黙を避けるべく、俺は積極的に提案した。聞き込みをするにも、先ずは打ち解けてから。鉄則である。
「維織さんは鬼灯が好きなの?」
俺は気持ち声を抑えて訊いた。隣の聞き耳を注意しての事だ。
「いえ。特別に好いてはおりません」
維織が粛々と応える。其の声の底に哀しみが滲むのは、俺の考え過ぎであろうか。
「そっか……けど、其の着物は維織さんによく似合ってるよ」
お世辞ではない。浴衣の胸や足、袖に大きく描かれた橙の膨らみが、維織の不穏な気配をせめても温める様な色合いで、彼女を艶やかに仕立てているのだ。
「恐れ入ります。ですが、これもお店が決めた物ですから」
「へぇ。其の簪も?」
鬼灯の実を彷彿とさせる丸々と紅い飾りについて訊く。
「これは」
と、維織は浴衣の袖から蒼白い細腕を伸ばし、己の黒髪に触れて、
「頂き物です。たき火様からの」
聞き慣れない言葉が飛び出る。たき火に「様」を付けるとは。しかも、其れを口にした際、維織の人形めいた頬に微か朱が差したトコロを見るに、「たき火様」とは彼女にとって特別な御仁の渾名か何かに違いない。
「よく似合ってるよ……其れはそうと、維織さんは、普段、何をしてるの?仕事がない時とか。お見合いみたいな質問だけど」
自分で自分を茶化しつつ、あからさまに話題を変える。初対面の相手に、其の想い人について詮索する程、俺は野暮でも莫迦でもない。
「普段ですか」
女は頬を白く戻し、「無」という文字を宿した様な瞳を斜め上に向けた。其れからたっぷり十秒考え込むと、徐に、部屋の隅に置かれた赤い巾着袋を開いて、中から一冊の本を取り出した。カバーのない、剥き身の文庫本の表紙には、活字で「ポラーノの広場」と書かれてある。
「する事のない時は、よく此の本を読んでいます」
「読書はよくするの?」
「はぁ。これと同じ著者のものは、よく」
「読書家だ。俺の知り合いにもいるよ」
お千代の姿……あの金瞳、あの銀髪……を脳裏に思い描く。と、其の幻影は呆れた様な顔をしていた。其の表情に、俺は不思議と励まされるのだった。
「其れはどういう話?」
俺が本について訊けば、維織は「はぁ」と吐息めいた声を漏らし、やおら本をパラパラと開いて、
「――つめくさの花の かおる夜は
ポランの広場の 夏まつり
酒くせのわるい 山猫が
黄いろのシャツで 出かけてくると
ポランの広場に 雨がふる
ポランの広場に 雨が落ちる。――」
と詠い、又ページを繰って、
「――一、北極熊剥製方をテラキ標本製作所に照会の件
一、ヤークシャ山頂火山弾運搬費用見積の件
一、植物標本褪色調査の件
一、新番号札二千三百枚調製の件――」
と学術的な代物を列挙し、
「――それから私は、鏡に映っている海の中のような、青い室の黒く透明なガラス戸の向うで、赤い昔の印度を偲ばせるような火が燃されているのを見ました。一人のアーティストが、そこでしきりに薪を入れていたのです。――」
と朗読した後、パタンと、本を閉じてしまった。
正直、これらの断片を滔々と聞かされたとて、物語の内容を推し量る由もなく、しかし沈黙は御免蒙るので、俺は精一杯ない頭を絞り、
「柔らかい、優しい文章だね」
などと述べた。当たり障りのない代わりに、工夫もない感想であったものの、維織はどうやらこれを気に入ったらしく、初めて真っ直ぐ俺の顔を眺めた。
「そうなのです。優しいのです。此の人の書くものは全部」
「性格が出てるんだろうね」
「そうなのです……」
維織は愛おしそうに本の表紙を撫でていた。繊細な指先で……。
「失礼します」
と、其の時、外から声が掛かり、戸が開いた。振り返れば、五十過ぎらしい女が立ち、手に手に風呂敷と一升瓶を提げていた。
「御注文のお品物で御座います」
女は愛想よくそう言うと、物々を俺と維織の間に置き、
「失礼致しました」
と、立ち去った。
戸が閉まるなり、維織は包みを解いた。風呂敷の中には漆塗りの重箱と酒器一式。其れらを取り出し、維織は黙々と支度を始める。文庫本は大切に袋に仕舞い、二段になった重箱の蓋を取る。と、玉子焼きや海苔巻き、かまぼこ、黒豆、数の子に、竹の子の煮物、等々、まるでおせちの様なおかずが詰まっていた。流石に高い物を頼んだだけはあり、焼いた魚の照りも冴え、尾頭付きの海老も相当に立派だが、電球が粗悪で、其の科学的な光の下では、豪勢な弁当の彩も一段褪せ、味気なくなってしまう。もっといけないのは酒器で、料理を入れた重箱は無地ながら結構な塗り物であるのに、銚子の一本も付くでもなく、落書きの様な松の描かれた茶色いぐい吞みが二つ、維織が瓶から直接其れらに注ぐのである。其の情けない風情、貧乏長屋に住まう夫妻が親戚に金を借りて偶の贅沢に浴する、といった構図である(これらは「三十五」にも無事届けられたとみえ、先程から隣がしんとして大人しいのは、せめてもの謝意に聞き耳や野次を控えているからであろう)。
「どうぞ旦那様」
と、維織が割り箸を差し出す。いつの間にか、呼び方が「お客様」から「旦那様」に変わっている。俺は箸を受け取りながら、
「維織さんも、どうぞ、食べて」
と勧めた。が、箸が此の一善しかない事に気が付き、弱ってしまった。店側が入れ忘れたのか。
「いえ、私は……」
維織は遠慮しながら、なみなみのぐい吞みを俺の前へ差し出した。酒が少し零れ、畳が濡れる。
「此の量は一人じゃ食べ切れないから、手伝って欲しいんだけど、箸がないね。店員さんに頼んで持って来て貰おうか」
「いえ、平気です」
そう言うと、維織は細長い指先で玉子焼きを摘まみ、自らの口へ運んだ。行儀がどうのと、堅苦しい事を言う気はない。そういった事ではなかった。彼女としては無礼講の積もりですらないだろう。箸がないからこうする他ない、という悪怯れたトコロも、決してない。其れくらい自然な、呆気ない動作であった。
俺は喰い入る様に彼女の食事を眺めた……俺の箸が黒豆に向かうと、維織は椎茸へ食指を伸ばし、笠の端を摘まむと、器用に唇の隙間に押し込んだ。其れからぐい吞みを両手で包み、掲げる様にして少しずつ含んでいく。まるで三々九度だ。女の手が小造りだからか、酒器のデコボコとした肌が目立ち、一層不格好に見える。維織は時間を掛けて盃を乾かし、もう一杯、手酌している。表情を変えず日本酒をチビチビやるサマからいける口かと思いきや、気怠い眦がほんのり赤らんでいる。其の瞳で見詰めてくるものだから、俺も盃を干さずにはいられなかった。
「どうぞ」
果然なる無感情な調子で維織が酒を注いでくれる。其の指先がてらてらと輝くのは、煮物の汁気の所為か、彼女の唾液の所為か……維織は又其の指を使って海老を捕らえた。今度は両手を用い、左手の人差し指と親指で海老の頭を掴み、右手の指五本で身を持って、ヌルリと、頭の殻から巧みに身を引き抜いた。そして海老を食べてしまうと、酒を舐め、溜息を吐くのだ。
俺は奇妙な違和感に打ち震えた。人形めいた彼女がものを喰らう際の無邪気さ、幼さが、彼女の肉体、例えば鎖骨の深い窪みなんかとどうしても結び付かず、俺自身の感情……欲望……の置き場が判らなくなってしまうのだ。
そんな俺の視線を悟ったものか、維織は不意に酒器を畳に置くと、弁当も脇に退けてしまい、スルリと、海老の殻を剥く様に、浴衣の襟元を広げてみせた。其の指先も矢張り、無邪気に、淡々として……胸元を開き切ろうと試みたのであろうが、帯に邪魔され、谷間を露わにするのが限界であった。維織は、其処でやっと思い出したかの様に、簪を抜き、大事そうに巾着袋に入れ、反対に袋から赤い錠剤を取り出した。
「其れ、何?」
俺が訊くも、
「恋の妙薬で御座います」
と、要領を得ない返事。維織は直ぐ其の薬を飲み込んでしまうと、到頭、帯を解きに掛かった。やがて、薄い肩から着物が滑り落ち、白い電球の下に、一つの白い裸体がしなだれるのだった。
「あ……申し訳ありません。順序を間違えました。今、お布団の用意を」
と、そう言う維織の手首を、俺は掴んだ……。
其の夜、俺はたっぷりとい草の匂いを嗅ぎ、何度も重箱を蹴っ飛ばした。三畳は狭い。俺達は窮屈に運動した。
其れにしても、維織の臍の下に複数捺印された、円い火傷の痕は、一体何だったのであろうか?
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